私の日常はきわめてゆっくりと時間が通過してゆく感じだ


ほとんど毎日がパソコンの前に座っている


パワーポイントを使いながら、主張したいことを構想したり


CADに向かって図面を描く、請求書を描く、支払いを立てる、メールでの応対


そして出張が月に数回あり、人と会議をする。


毎朝 ミーティングをする


その後様々な構想。


多くの人々が私の構想に沿って動いてくれている


勿論私も大手会社から与えられた構想を実現するための行動をとっている。



春が来ればもう少し加速度的に忙しくなる予定だが


1月は大きな出張(外泊)が3件あった。



枕が変わると 夜中に目が覚めて


そして朝はいつも寝坊だった。


人は交流の中から自分の立ち位置を把握して


次になすべき行動を構想し実行する。



こんな当たり前のことがようやく60を過ぎてからできるようになった。





西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一の中に次の文がある



過去は現在において過ぎ去ったものでありながら未(いま)だ過ぎ去らないものであり、

未来は未だ来らざるものであるが現在において既に現れているものであり、

現在の矛盾的自己同一として過去と未来とが対立し、時というものが成立するのである。




思い出は今思い起こされるとしても起こった時点は過去のものであり、

しかし、今を構成している自分の中に影響を及ぼしていて未来を構築しようとしている作業にも影響する。

歴史は常に今にかかわっている。

未来も同様にいまだ至ってはいないが、しかし夢や希望として今の自分の行動を制約している。

(影響を与えている)

過去の反省が自分を制約するが、過去の良い思い出は自分を一歩前へ動かそうとする。

未来はそうした過去の是、非が今に対立していて未来は過去と同一ではない。






今朝は七草粥を頂いて出社した。


新年会で酒が胃腸を疲れさせている。

七草粥は春の七草の幼葉を粥にしていただく。

この粥が疲れた胃にスーッと入ってゆく

まさに食は薬だ。


小寒を過ぎ

陽は少しずつ長くなる

地中の凍てついた泉が少しずつ溶けはじめる


見えないところで春の足音がする季節である。


あと 10日もするとフキノトウが雪下で蕾をつける。

沈思黙考 す。


明日からスタートするビジネスについて今日はいろいろ考える一日です。


未来はただ漫然と待っているだけでは、時代や時間に押し流されていって


自分の思い描いた夢とは全く異なる方向へと流されていってしまいます。


かといって、自分の思うがままの未来などもやってくるという事もあり得ない話です。


考えるだけ 無駄なのか と言いますと そうも言いきれません。


考えることはある意味自分を鏡に映してみることに似ています。


少し距離をもって自分を眺めてみることで自分が立っている位置も見えてきます。


周りの自分に大きく影響される人たちや、逆に自分にとっても大きな存在の人たちが見えてきます。


今年はそういう人たちのためにもう少し自分を奮い立たせてみようかと思っているわけです。




いくつもの出会いがあって別れもありましたが


いまだに別れ得ない人々とのつながりとはいったいなんだったのだろうかと考えます。


昨日山口智子が向田邦子の足跡を追うドキュメントが放映されました。


男と女のむしろエロティックな部分から家庭が始まっている というのはある意味的を得ていると思いました。

絆とは辞書で引くと「絶つに忍びない恩愛。」とあります。


家族とはそういうものなのでしょう。


去年は息子が帰ってきました。


この絆があったればこそでしょうが、


やはり有頂天で喜んでいるわけにはいかないわけです。


彼は彼なりに東京での絆を断ち切って来たわけですから。



離れて孤独と自由を手に入れるか


家族の絆を維持して 背負うものを重くするのか。



です。




仕事はそういった意味では割り切ったもので


利害が伴います。


利益にならない関係は断ち切られてゆきます。


ある意味アンテナを張り巡らせて、需要を察知してゆかないと自分の存在すら危うくなってまいります。


夕べの夢は 今年の日本のあるべき姿は Buisiness において、競争ではなく共闘ではなかろうか


とふと感じたのでした。


我々は好むと好まざるとにかかわらず競争の中に身をさらされてまいりました。


1990年のバブル崩壊から20年以上  です。


大企業は維持費のかかる中小企業子会社を管理することを放棄して海外へそれを求めました。


その結果多くの技術が中国に漏えいし、国内の中小企業は縮まりゆくパイを奪い合って不毛な競争を続けました。


その結果中国の発展とそのあとにくる尖閣列島事件のような反日への脅威でした。


今年はナショナリズムはこれからはさらにエスカレートして危険な状態に近づきます。


私たち国内に生き残った自立した中小企業は素晴らし技術を磨き需要を掘り起こしてきました。


この力を使わないで消去してしまうことは、国家の底力(土台)を亡くすという事にほかなりません。



共闘とは手を組んで ともに戦うとうことです。


ビジネスにおいて戦うという事は マーケットを勝ち取るという事です。


医療 環境 制御 通信 など世界に冠たる技術を 日本発で発信する必要があると思います。