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癒し 天使たちのことば

日々降ろされる霊天上界からのメッセージと共に、
心癒される言葉や、励まされる言葉をお届け致します。

 【信仰心について】
 

心の底から 湧き出でる思いというのは

何とも 止めようのないものでございます

   

わたくしの 人生において

神との出会いは 衝撃的なものでございました

  

その時を 起点として 前後裁断する

人生と相成りました

  

その時の世の中は キリシタンを

迫害 する 時代でございました

  

わたくしは大変苦しみましたが

殿の お心にも 沿えず

神の 御心に 従うことに いたしました

  

この時の苦しみは 

大変大きく感じましたが 

やはり

その後に 神の道へと

邁進した わたくしの心は

一つに定まり 一点の後悔もなく

その人生を全うすることとなりました

  

やがては 殿もわたくしの心を 察し

理解してくださったものと 安堵しております

  

この心底より湧き出ずる思いというのは

人間が本来 神仏より与えられた

命であるというこの

証しではないかと思っております

  

それゆえに 何度も何度も

湧き上がり 消しても 消してもまた

現れる思いなのだと 感じました

  

たとえ一歩でも神に 近づきたい

神のいらっしゃるところへ

参りたいと 

その思い一心でございました

そしてそのことによって 

全ての 方たちへの

愛の思いを 

広げることが出来れば

これ以上に幸せなことはないと

心底より 思っております

  

恐らく 

全ての 人々の 心の 中には

皆 等しく その 種が 

入っているのだと

信じております

  

それが神であろうが 

仏様であろうが

それぞれ 

違うかもしれませんが

この高貴なるものを 

信じ

従おうという 思いは

恐らく皆 

同じであろうと

感じております

  

この 素晴らしき 

魂の 

根源なるものへの

純粋なる思いを

絶つことはできません

  

皆さまの 

ご幸福を祈っております

 【念い(おもい)の力】
  

念い(おもい)ということであります

つまり念でありますが

総てはこの念によって

成り立っているということであります

  

その念いの力が あらゆるものを形成し

物質たらしめる力までも 持っていると

言えば 皆さんは信じるだろうか

しかしそれは 紛れもない事実であって

この宇宙にある 総てのものは

念いの力によって 現しめられていると 

いうことであります

  

これは この世に 生きている 時には

全く 分からないことでありますが

一たび あの世へ帰り 霊となって

その世界のことを 知り始めると

いずれ 辿り着く答えであります

  

従って 物質を追いかけるのではなく

その 根本にあるところに 思いが

いかようであるかということが

一番大切なことであると 

いうことを申し上げておきましょう

  

今は非常に分かりづらく

抽象的な話しに聞こえるかもしれませんが

やがて いずれそのことに直面する時がくる

どうか この一言を 覚えておいて

戴きたいと思います

≪ピラミッドと神社の社(やしろ)に付いて≫

 

アインシュタイン様や因幡の白ウサギ様のお話しの中にありました、ピラミッドと社に付いて補足説明をさせて頂きます。

 

ピラミッドは黄金律(約0.61811.618の比率)で出来ており、しかも底辺の長さが地球の外周に同調し、高さが太陽との距離に同調する様に設計されています。そしてその中に宇宙のエネルギーに対して凝縮及び発散を行うゼロポイントを創り、宇宙との交信に使っていた様です。

また、神社の社(やしろ)はピラミッドの底辺部分を創り、ピラミッドを創ったとした時のゼロポイントに相当する所に、祭壇が来る様に社を創っている様です。(この事はここで初めて紹介していますが、現代の人類が今まで知りえていない事であり、この場所が初公開になります。)

 

この様に、エジプトのピラミッドと日本の社とは同じ性能をもった宇宙通信機器と言えますが、月を介して大きな三角形が出来た時、より遠くの信号を受信出来、また遠くまで発信した信号を伝える事が出来ます。そしてこのピラミッド機能には増幅作用もあります。

 

また、このピラミッドは同じ様な三角形の形をしたピラミッドにおいてはお互いに共振させる事が出来ます。その機能を利用して近くにあるピラミッド機能を介して、遠くのピラミッドをリモートコントロールする事も出来ます。(この機能もまた初公開になります。)

 

従って、ウサギさんの話に戻って説明しますと。

満月の日に出た月と出雲大社とエジプトのピラミッドとで出来た、大きなピラミッドで受信した宇宙の信号を、出雲大社で受信することが出来る為、近くのウサギ達がそれに反応していると云う事になります。

 

もし、貴方が小さな水晶で出来たピラミッドを持っているとすれば、そのピラミッドに念いを入れ、更にその小さなピラミッドから念いを発進させて出雲大社にリンクし、そこから更にエジプトのピラミッドにリンクする事が出来ます。そして、宇宙に向けて発信や受信をする事が可能となります。

また、地球上にある総てのピラミッドとリンクする事も可能となり、更なる増幅が可能となるでしょう。

 

私も、この機能を使って、宇宙の人達と交信を行い、その一部をここで紹介した事もあります。

執筆者KU

≪招霊≫ 

稻羽之素菟(いなばの白ウサギ)様の質問にお答えできる方が御座いましたら、私達にご教授いただきます様お願い致します。

 

【出雲大社とエジプトのピラミッド】

 

はい アインシュタインです

 

兎の耳と云うのは 

象徴的な言い方をしているのであって

正確には 出雲大社

の 辺りに なる様です

兎達は そこからの信号を

感じて受け取っていると

云う事になります

 

日本における 神々の神殿と

エジプトのピラミッド

この結びつきを 

月を介して 

繋げていると 

云う事であります

 

兎達は あくまでも

傍受する能力が 高いのであって

自分達から発信する事は 出来ません

よって これは神々の社が

そのポイントに当たると

考えるのが

理に適っていると言えましょう

 

≪執筆者KUより≫
後ほどピラミッドの件で、補足説明いたします。

【宇宙との通信】

 

白兎神社(はくとじんじゃ)

の守り神でございます

 

満月の夜に 白兎海岸は

潮が満ち 

私達は むかし むかしに

この地球に降り立った時の事を

思いだします

この海岸の砂は 真っ白で とても美しく

満月の光に 照らされて

打ち寄せる 波の音を聞きながら

心地よい風に吹かれておりました

 

潮の満ち引きに 関係して

私達も 宇宙との交信能力は

変動する 事になっております

 

宇宙の 中に 飛び交う 

電波の様な 信号は

満月の夜に はっきりと 届きます

 

そのころには ピラミッドの

中から やって来る

信号に 私達の 耳は反応致します

 

月と ピラミッドと 

私達 ウサギの 耳が

大きな 三角形を 描きます

 

おそらく 昔から 

その様な事があったと云う事を

地球上の誰も知らないでしょう

 

この事は 決して 誰も 教えてはならないと

お互いに 約束をしましたので

誰も知らない 事でございます

 

この三角形の持つ意味については

私達も まだはっきりとは解っておりません

 

ただ 自然の 織りなす 不思議 によって

その様な事になっていると 云う 事実を

知っているのみで ございます

 

どなたか 解られる方がいらっしゃったら

教えていただきたいと思います

 

ありがとうございました

 

Q:ピラミッドは宇宙にあるピラミッドでしょうか

 

地球にあるピラミッドです

エジプトにあるものです

 

 

≪補足説明≫

宇宙から来たウサギは、プレアデスから地球に来た宇宙人であると、過去の私達の宇宙リーディングで教えて頂いております。

身長は2メートル前後あり、宮廷などでは人間の女神の様な恰好をし仕事をしておられますが、自分の能力を磨く時などには、人類によく似たウサギの恰好をするようです。また、変化する能力を持たない者もいて、ウサギの顔をした人類に良く似た格好のままでいる者もいるようです。

この方達はとても霊能力が高く、戦う時は霊的力で戦いますが、総じて平和を愛し、調和・美しさ・発展を中心として進化を遂げた人達であると聞いています。

地球創世記の頃から地球に降りたちて、地球人と共に、この地球の発展に貢献されてきた尊い人達であり、女神や巫女様などになって活躍をされています。 

 

また、後日この文章をブログで公開しても良いかとお聞きしたところ、了承を頂きました。

(執筆者KU

 

【人間は魂が本質である】

 

人間と云うのは 実に 面白いものであると思います

私は 自分自身を 見ていて 

なんとも不可思議な 動物であると

何度思った事かしれません

 

この 不可思議な 物体であるかの様な 人間が 

しかしその表情に 現わされぬ ところに 実は私の 考えはあり

まさにそれをなさんと している にも関わらず

鏡に写った私の顔は まるで 何事も 知らぬかのような

とぼけた顔をして います

 

つまり 目に見える 鏡の中にいる私は 

私であって私で無い

本当の私は この鏡に映っていない所の 

内面に いるのであって

何とも不可思議な 感覚を 覚えたものであります

 

そして この不可思議な感覚を 感じている私は 

同時に 別の私がそれを見ていて 

何と滑稽な 姿であると 

考えている 私が いるのです

 

この不思議な 感覚を 

体験した事があるだろうか

自分であって自分でない

また 自分でない様でいて 実は自分であり

そしてその自分を見ている もう一人の自分がおり

さらにその 見ている自分を

もっと遠くから 見守っている 

存在があると云う事を 

私は同時に 感じたのです

 

鏡の前に 立って そこに写った姿を見ながら

何故か 遙か遠く 上の方から 

自分の姿を見下ろしている

もう一人の自分がいたと云う事を 

知った時

果たして 本当の私は どこに居るのだと

そんな事を 来る日も来る日も 考えておりました

 

遙かなる 宇宙から 見下ろした時

鏡の前の私は 小さく見え

しかし同時に 

肉体の内に内在する もう一人の自分を感じた時には

非常に大きく見え 

この不思議な体験を 通して 

人間とはいかなるものであるかと云う事を

私は 深く 考えざるをえません

 

そして この事は 私だけでなく

どの人にとっても 同じ世界が 展開しているのだと

考えた時 そこに 神の存在を考えずして

理解をする事は出来ないと

云う思いに至りました

 

誠に この世界と云うものは

不思議なものであります

 

未だまだ 私は 探求を 続けたいと 思います

 

Q:貴重なお話をお伺い致しまして、誠にありがとう御座いました。お話の中で「遙か遠く上から」とありますが、貴方様が生前において肉体から魂が抜けた様になっている事があったと記実にありますが、その時はどの様な状態だったのでしょうか?

 

宇宙に 浮かんでいる

自分が 見えて いました

私は 思いを 出せば

その世界に 瞬時に移動するのだと云う事を知りました

 

不思議ではありましたが

怖くは無かったし むしろ面白い体験だと

思って どんな所へ行けるか 

どんな世界が見えるか

好奇心で一杯でありました

 

そして 人間と云うのは

魂がその本質であるのだと云う事を

悟ったのです

 

Q:瞑想されて、その世界へ行かれるのだと思いますが、瞑想の時、丹田に意識を落とす事により、瞬間移動が可能になって来ると思いますが、同じ様な方法をなされていたのでしょうか?

 

そうです

最初は その様な事も解らないまま

瞑想していましたが

どうやら これは丹田に落とした時が

うまくいくと云う事を 段々に 体得していきました

 

まるでそこが 出入り口であかの様に 感じられました

 

Q:丹田に落とす時 自分の思いが湧いてくると瞑想が切れてしまい、また、丹田に落とすのにもう一枚皮がある様な、壁がある様に感じる人が多いと思いますが、どの様にしたら深い瞑想状態になる事が出来ますでしょうか?

 

自分の思いを無くして

自然のままに 身を任せ

自分の 意識のみに 集中する様にしています

 

Q:信仰心が無いものがこの様な瞑想を行った場合、悪しき者に繋がる危険性については、どの様なものでしょうか?

 

信仰の無き者には

丹田に落とす事が難しいと思われます

悪しき方向に 繋がり易いと云う事は 言えるでしょう

しかし 繋がる所まで 行かないのが 通常であります

無理やりに やろうとすると 要らぬ者

悪しきものと 繋がってしまいます

 

Q:自然のままで、自分が瞑想して行く中で自然とやっていく様にすると良いのですね

 

はい

 

ありがとうございました

≪補足説明≫
深く瞑想にはいる時、ソクラテス様は「意識のみに集中する」と言われましたが、これは自分の存在感覚の様な感じと思います。
物質的な手や足の感覚はなくなってしまい、自分の存在感覚は残ります。この存在に集中すると上手くいくと思います。    KU

 【知恵を使え!】

 

余は 天下を取ったが 

その道のりは そう簡単ではなかった

  

しかし 知恵を使えば

面白いように コロコロと 車輪が回る

  

つまり 天下を取るために

何をせねばならぬか 

どこから 始めればよいか

誰のことを 考えればよいか

そんなことを いつも 考えておった

  

感情に流されてはならぬ

冷静になって 相手がどのように 感じているか

それを想像するのじゃ

  

そして 自分が どちらの方向に 進みたいかを

はっきりとさせたら 物事がそちらに

動くようにするために 何をすれば良いかを

考えればよいのじゃ

ごり押しをしても 車輪は回らぬ

知恵を使うのじゃ

  

そうすれば 世の中は 面白いように

動いていく

  

勿論 その思いの根底には

民を思う心がなければ ならん

  

その心があれば あとは

やりようによって いかようにも

世の中を動かす事ができる

  

ところがその知恵が回らぬ者が

あまりにも多すぎる

何故それが分からぬのかと

不思議でならぬ

もう少し 知恵を使うたほうが

よかろう

  

結果 天下を取った者は

国・民のために  働かねばならぬ

そして皆が 幸せに暮らせる

政治を行わねばならぬ

そこで道を 誤った者は

いずれ 消えることになる

  

どこまでいっても そのことは 追いかけてくる

人間の欲とは 果てしのないものよ

どこまでも どこまでも

追い求め 終いには

自分が追いつめられてしまうことになる

この 道を誤る時というのは

えてして 気がつかぬものよ

  

一番 運気が良く

調子のいい時に

慢心 したがゆえに

そのような結果になったので

後から気づいても もう遅い

  

その事を 自分の一生を通じて

学んだように思う

後の世の者たちにも

そのことを 知らせたい


世が犯した 過ちを

繰り返すなと

   

 【明るく生きる】

  

わたくしは とても 幸せな人生を 歩みました

  

皆さんが ご存知の 物語では

わたくしは 姉に つらく当たられ

とても 可愛そうな 人物だと 思われているかもしれません

  

でも わたくしは そうは 思っていませんでした

二人の姉のことを 大好きでしたし

とても大切な 姉たちでした

  

それは確かに 少しばかり

厳しい環境ではありましたけれど

でもそんなこと 私は気にしておりませんでした

  

そんな生活の中でも 毎日 明るい朝日が昇り

窓を開けると 爽やかな風が吹き

鳥たちが さえずりながら 木の実をついばみ

色鮮やかな 花々が咲いて

それを見ているだけでも 幸せに感じていました

  

家じゅうのお掃除をして 全ての家事を済ませたら

とっても気持ちが良くなりました

  

母や姉たち どんなに 私に色んな注文をつけても

私はそれを 楽しみながら こなしました

  

そして いつかきっと 素敵な王子様に

巡り会えると いつも夢を見ていました

  

そしたら 本当に 会えてしまったんです

だから私は とても幸せな人生であったと

心の底から 神様や全ての皆様に

感謝しています

  

今でも とても素晴らしい世界で

私は生きていて こんな幸せなことを

一人でも多くの方に お伝えしたいと思いました

  

希望を捨てないで 明るい心で 頑張りましょ!

必ず あなたの 希望は叶います
     

Q:はい、ありがとうございました。

心の力が未来を拓くというように聞いております。

まさに、この心の力の事ではなかろうかと感じています。

ひとつ質問をさせて下さい。

物語の登場人物の方たちが、実際に天上界に存在すると云う事が、どうしても信じられないと云う方もあり、そこのところ、シンデレラ様から何か一言、教えていただけないでしょうか?

  

難しい質問ですね
確かに 私たちは 物語の中の登場人物ではあります。
でも、その物語を最初に書いた方は、どうしてその人物を描くことになったか、少し想像してみていただいたら、分かるかもしれません。

やはりどこかに、何らかの形で、その存在があるのです。

それをキャッチした方が、物語という形にして、私たちの存在を知らしめいるのです。
とても有難いことです。

  

Q:ということは何処かで何時の時代かで、この地上で生きておられたことがあるということでよろしいでしょうか?

  

はい

  

ありがとうございました。

  

  

【英雄と孤独】

 

時として人間は 

非常に孤独な時間を 潜り抜ける時がある

人生の 光と 影の 中において 

非常に 苦しく 孤独な 時間と云うものを

通らねばならない 時がある

 

しかし それは 次に来るべき 輝かしき 

時を迎える為の 試練の時であるのだ

 

これを通らずして 人生の中において 

常に 輝き続けると云う事は あり得ない

どの様な 英雄であれ 

英雄となる前には 必ず そう云った時間を

潜り抜けて来ているものだ

 

この時に 

どの様に 自己を振り返り 

自分の中に 熟すものを 発見しうるか と云う事が

次に来るべきものを決定付ける

 

小さく考えてはならない

 

総ての 苦しみも 悲しみも あらゆる辛さも 

皆 次なる 実を熟させる為の 

試練であるのだと 捉えるべきである

 

苦しみが大きければ大きいほど 

それを 潜り抜けた後の 世界は

今迄と打って変わって 

更に高みへと 登った境地に 至るものである

 

英雄たる者 皆そう云った時間を 過ごしているものだ

 

「小さく 考えてはならない 

総てを淘汰し 俯瞰せよ!」

 

 

Q:はい、ありがとうございました。これは、シーザー様が世の中に出て行かれる前にあった事でしょうか?

 

はいそうです。

 

Q:英雄と言われる方達は、どの方も考え方が一回り大きいがゆえに、周りの方達と合わないとうことでしょうか?

 

そうゆう事もあります。そして同じ様にやっていても、必ずそう云った事がやって来る、そう云った時の心構えを述べました。

 

Q:その様な時間を与えられた方と云うのは、英雄的な要素を持っていると、そしてこの時間をいかに過ごすかで、次なる展開が有るか無いかと云う事でしょうか?

 

そうです

 

Q:総ては与えられたものであると

 

そうゆう事です

  

  

 【美しさということ】

  

わたくしは 常に

自分の中で 中心に

置いている 考え方の中に

「美しさ」 ということを 持っております

  

総てのものが 「美しさ」を はらみ

更に 「美しさ」を 求め

追究し続けているものだと

感じております

  

世の中の 

どのようなことであっても

その中に 「美しさ」を

持っているものだと 思っております

  

常にそれを 追究し続けて

参りました

何故ならば 人間が 目指すべき

方向性の先には 必ず

「美しい」ということが 

含まれて いるからです

  

逆の言い方をすれば

「美しさ」とは 反対の方向性を

目指すべきではないと 考えております

  

「美しさ」とは 「善」であると

わたくしは 考えております

  

それは 単に 見た目の

「美しさ」だけではなく

それは勿論のこと

目に見えない 「美しさ」というものを

沢山 含んでおります

  

この 目に見えないところの

「美しさ」とは 何かと

考えたとき それは

総て 

「思いの美しさ」ではないかと

感じております

  

それらが より美しく

なったとき

目で見える 「美しさ」へと

反映されるものだと 思います

  

このことに こだわって

追究し続けて いくということは

やはり 努力を 伴います

そして 安易な 「美しさ」に

惑わされない 「正しく強い 心」

というものを 持たねばならないと

思っております

  

精神性とでも 言いましょうか

一本筋の通った「美しい心」

  

これをいかに 持つことができるか

持ち続けることが できるか

それが わたくしの

課題でありました

  

これからも そのことは

変わらず 追究してまいりたいと

思います

  

本当の 悟りを得た

「正しき 美しさ」に

向かうということを

これからも ずっと

続けて参りたいと思っております