アルジャンのブログ -4ページ目

アルジャンのブログ

アルジャンは、八王子の小さな小さな結婚相談所です。結婚・婚活に関すること、ニュースやプライベートなど身近な話題もつづります。♥ホームページhttp://www.argent-mc.comとhttp://www2.tbb.t-com.ne.jp/argent-mc.comもよろしくね♥

八王子市無形民俗文化財指定の「どんど焼き」を見学



 八王子市恩方地区にある「夕やけ小やけふれあいの里」でおこなわれた「どんど焼き」を見学してきました。


 ふれあいの里でのどんど焼きは、平成12年からおこなわれ今回で14回目。八王子市の無形民族文化財にしていされています。




 家を出るときは風がかなりあったので、火をつけることができるのか、行ったものの中止ではがっかりなどと考えながら会場に向かいました。

 会場の駐車場には日陰の部分に雪がうっすら残っていました。

 会場は、まわりを山に囲まれているせいか、風はそれほどでもなく、予定通り行われるようで一安心しました。



 会場ではすでに大勢の人が、配られる団子と竹竿を求めて並んでいました。

 会場中央には、約70本の竹で組まれた直径2メートル、高さ15メートル、重さ2トンの塔に「賽の神」が祀られ、周りには焚き上げする正月飾りが置かれていました。


 点火前には消防が、万が一の事態に備えて周辺の林に放水をし、スタンバイしました。






 点火してからは、瞬時に炎が大きくなるため、塔から四方にはられたワイヤーロープを利用して早めに倒されました。

 生竹なので、燃えながら「パン、パン」と大きな音を立て、会場内からは「オーッ」という歓声があがっていました。
 消防の方たちが火勢を整えるのを見ながら、観客は「今か、今か」と待っていました。




 イベント開始から概ね1時間ほど経って、まゆ(繭)玉と呼ばれる団子焼きがOKされました。まゆは昔養蚕が盛んだった八王子ならではのものでしょう。


 山梨でも子どものころ「どんど焼き」で団子を焼いたことを思い出します。山梨もかつては果樹栽培より養蚕が一家の収入源でした。やはりこの時期に道祖神が祀られた広場で稲わらを燃やし、正月の書初めを燃やした後、繭玉(団子)を焼いたものでした。

 書初めが燃えて空高く上がれば上がるほど腕前が上達するなどと言われたものでした。




 「その火で、まゆだまを焼いて食べると風邪をひかない」とか、「今年1年間無病息災で過ごせる」御利益があるとも言われました。


 夕やけ小やけふれあいの里では年間を通していろいろなイベントが行われています。


 初春の一大イベントを見学し、気持ちを新たに帰路につきました。






「永遠の0」は日本人の心に響く



  今日は、ニュー八王子シネマに「永遠の 
 0(ゼロ)」を観に行ってきました。

 岡田純一主演のゼロ戦搭乗員の生き様、 
 死生観を通して「生きるとは何か」、「家族
 とは何か」、そして「平和とは何か」を考え
 させられる、涙なしではみられない素晴ら
 しい映画でした。


  また、「賢一郎」役で好演の夏八木勲氏
 は、2012年6月にクランクインした作品
 の完成を待たずして昨年5月に永眠され、
 遺作となってしまったのは本当に残念で

 す。(合掌)




 私自身はもちろん戦後生まれですから先の戦争のことは映像や活字でしか知りません。

 子どものころに父や母に戦争当時のことを聞いたこともありました。

山梨の田舎(農家)では、良く聞く「食糧の配給制度」でその日の食べるものにも苦労したなどというようなこともなかったそうです。
ただ父は、海軍に召集され呉で兵役についていましたが、もう少し戦争が長引けば人間魚雷「回天」に搭乗して出撃をしなければならなかったかもと言っていたのを思い出します。


 また叔父は海軍戦闘機の搭乗員として、三沢で飛行訓練を受けていたそうですが、ときすでに敗戦の色濃く、基地も米軍機の空襲を受け、搭乗する戦闘機も破壊され、兵舎も焼かれ、防空壕を逃げ回り、焼け跡から缶詰を掘り出し、飢えを忍ぶみじめで悔しい日々を送っていたそうです。


 私の小学校時代には元旦に学校の校庭で校長先生の年賀のあいさつを聞き、また中学生時代には体育館で全校生徒で「あゝ江田島」という海軍兵学校の映画を観た記憶があります。

 決して軍国主義とか極右とかいったものではなく、当たり前のこととして受け入れ、わからないことは大人に聞いたものでした。


 今は、そんな話をするとすぐにアレルギー反応を起こす人もいますが、そこで得た知識や体験をどう活かしていくかはそれぞれ個人の問題であり、そういうことを教えなかったり、情報を提供しない方がよっぽど罪深いとおもいます。



 戦争が良いわけはありません。戦わないに越したことはありません。
しかし、一方で日本は不戦宣言をしているのだから他国から侵略や攻撃を受けるはずがないなどと信じきっている人もいるのも事実です。


 「永遠の0」の中で印象的だったのが、若い男女の合コンのシーンである男の子が「テロと特攻は同じだ!」と言ったシーンでした。

おそらく外国人だけではなく、日本人の中にもそのように思っている人も少なからずいるのでしょう。これも教えざる罪、学ばざる罪だと思います。

 自発的でも強制的でも、誰が誰のために・何のため、誰を・何を対象にと考えていけばおのずとわかるはずです。


 「永遠の0」は、CGはもちろん実写も迫力があり、今まで戦争を取り上げた作品の中では最高のものではなかったかと思います。


 自由気ままに、そしていろいろな娯楽が溢れている時代に生きる一人として、父や母などが生きたつらく苦しい青春を想うと襟を正さずにはいられません。



 隣の席では、会社の社長とおぼしき30代の男性が、社員を6,7名連れて観賞していました。「今日は、岡田准一を見に来てるんじゃないよ。課外授業だからね。((笑))」ともおっしゃっていました。その社長は映画が始まる前に女性社員にいろいろと解説をしていました。

 「ゼロ戦」とは「戦争の名前」だと思っていたという女性社員に、「ゼロ戦は、1943年ころまでは無敵を誇った日本の高性能の戦闘機で、何の年数かわからないけれど年数の0をとってゼロ戦とネーミングされた・・・・」と言った旨の解説をしていました。

 若いのによく知っているな~と感心しながら聞き耳をたてていました。



 「ゼロ戦」のネーミングの由来は、当時の戦闘機や戦車などの兵器には「皇紀〇〇〇〇年」の下二桁を取って名前が付与されていました。
ゼロ戦は、皇紀2598年)に開発が始まり、正式に海軍の戦闘機として採用されたのが皇紀2600年(昭和16年)だったため、「零式戦闘機」とネーミングされています。
ほかには「九九式艦上爆撃機」や「二式大艇」などがあります。

ちなみに「ゼロ戦」と言う名は米軍の「ゼロ・ファイター」からきています。


 また皇紀は、BC660年2月11日 初代天皇・神武天皇が即位した日を皇紀元年とするものです。


 参考までですが、一般的には「ゼロ戦=三菱」と思われています。
 確かに設計・開発は三菱によるものですが、製造は三菱と中島飛行機で行われています。

 そして、製造機数については、三菱の3,800機余りに対して、中島では6,200機余りが製造されています。

 2倍とまではいきませんが実際に戦場では三菱製より中島製のゼロ戦のほうが多かったわけです。

 塗装の仕方が違うのですぐに見分けがつきます。興味のある方はいろいろのゼロ戦の写真を見比べてください。違いに気づくはずです。


 「永遠の0」は、お勧めの作品だと思います。ぜひ観賞してください。







新年のスタートに多賀神社へ初詣





新年あけましておめでとうございます。



 2014年、八王子の空は青く晴れ渡り、穏やかな幕開けとなりました。

 昼からは、自宅から歩いて40分ほどの距離にある八王子 多賀神社に初詣に行ってきました。


 多賀神社は、天慶元年(938)創建の境内には樹齢400年余りの御神木の大銀杏や八王子まつりでは渡御で有名な千貫神輿があります。

 本社御祭神は、国土創造の神である伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉冊尊(イザナミノミコト)の二神が祀られています。


 この二神は、伊勢神宮御祭神の天照大神(アマテラスオオミカミ)をお産みになられた夫婦神で我が国初めての神です。


 太平洋戦争における八王子空襲の際にも戦災は免れているそうです。創建以来1070年以上も経つ由緒ある多賀神社に、一年の計を祈願してきました。

 午後からも参拝者が絶えることなく祈願に訪れていました。



 神社にある通称「千貫神輿」は、江戸時代からの六角形のものに代わり、明治15年(1882)に浅草で建造されたもので、高さ2.5メートル、総重量約3,000キロだそうです。

 3,000キロ(3t)と言えば、普通トラック1台分くらいの重さがあるわけですから、担ぐ方もたいへんですよね。




 自宅から徒歩5分ほどの近場には諏訪神社があります。
 以前は諏訪神社に初詣に行っていたのですが、近年宮司・禰宜と氏子の間のトラブルを聞くに至ってからは、避けるようになりました。


 諏訪神社ではかつて境内で毎年盆踊りなどが催されていました。しかし、ある時期から突然境内での開催や、さらには子供たちが境内で遊ぶことさえも禁止するようになったそうです。




 また、従前のさい銭箱とは別のさい銭箱の設置や、境内の一部を駐車場として貸し出し、その収入を氏子などに公にしないなど、宮司・禰宜の神社私物化に対して裁判沙汰になり、テレビベン組などでも取り上げられたことがありました。


 氏子あっての神社だと思うので、地域住民と穏便に共生してもらえればとおもうのですが。

そんな諏訪神社では、「唐獅子太鼓」の演奏が披露されていました。