5日新宿末広亭上席(落語芸術協会) 

 

※開演前から行列。結果二階席&立ち見の札止め。 

 

【昼の部】 

 

前座三笑亭夢ひろ:「桃太郎」 

 

桂しん華:「平林」宝ジェンヌ志望だった噺家。 

 

玉川太福「石松三十石船道中」夜の部と交代。昼の部MVP 

 

松廼家八好:幇間 

 

神田紫:「竹千代」 

 

三遊亭全楽:「猿後家」 

 

宮田陽昇:漫才 

 

桂南なん:「胴斬り」頭山と並ぶ?シュール噺 

 

三遊亭とん馬:「雑俳」 

 

林家今丸:紙切り 

 

桂小南:「いかけ屋」 

 

春雨や雷蔵:「宮戸川」 

 

桂伸しん:桃太郎 

 

ぴろき:漫談 

 

桂宮治:「ちりとてちん」 

 

三遊亭笑遊:「千早振る」 

 

桂伸治:「宿屋の仇討ち」 

 

 

【夜の部】 

 

前座神田松樹:「柳生十兵衛」松鯉の弟子。ダメぶりも愛おしい。 

 

神田松麻呂:「野狐三次 木っ端売り」松麻呂は売れそうだ。 

 

ねずっち:漫談 

 

三遊亭兼好:「蛇含草」 

 

笑福亭べ瓶:「地蔵の散髪」 

 

コンパス:民謡漫才。新しいな面白かった。 

 

三遊亭圓馬:「代書屋」 

 

神田阿久鯉:講談 

 

東京ボーイズ:漫謡 相方が愛犬にかまれ、一人で登壇 

 

神田伯山:「徂徠豆腐」 

 

坂本頼光:「無理矢理ロッキー破り」モンティ・バンクスは現代のトム・クルーズ? 

 

桂伸衛門:「寄席婚」 

 

雷門小助六:「虱茶屋」 

 

神田松鯉:「四谷怪談~お岩誕生」 

 

普通に怖い話。圧巻・・・。 

 

やはり夏は怪談。 

1992年2月17日

日本ミドル級タイトルマッチ 後楽園ホール

 

王者:竹原慎二 11勝(10KO) 20歳 初防衛戦

1位:寺地永 6勝(5KO)3分け 27歳

 

試合前、寺地のヒットマンポーズに竹原がメンチ切りで応じる。

満員の会場がわく。

世は辰吉、鬼塚ブームで熱かった(バブル経済最後期でもあった)。

 

1R開始。

日本人としては規格外のフレームを持つ両者だが、お互いスピードがある。

特に寺地の動きが良く、上体を使いながらの動きは竹原の精度を狂わせる。

寺地の距離感、ポジションはどこか拳四郎にも通じる瞬間を醸し出す。

ペース争いでは寺地の動きを利したスタイルが上回った。

竹原のパンチも入るのだが浅い。

ただこのうまい寺地に動きに応じるべく、竹原も自分なりにリズムとり動いていた。

強敵相手との実戦で潜在能力が開花していく好例だ。

 

10-9寺地

 

2R、ファーストラウンドに比べやや竹原も力まずに左を刺し合うが、フリッカージャブを入れる寺地の左技術が上。

好調寺地。これが裏目に出てクロスレンジで強気の交錯に応じてしまう。

竹原の左フックがアゴをとらえ、ふらつく寺地。

ワンツーを打ち抜ぬいた竹原が痛烈なダウンを奪う。

ダメージは深いが続行(森田健主審)。

すぐに右四発を打ち抜き、竹原が痛烈なKO防衛に成功した(2R2:47KO)。

 

当時の日本ミドル級としては実にハイレベルな攻防だった。

敗者寺地は生涯戦績で敗れたのはこの竹原戦のみ。

 

自分がボクシング観戦を始めたころのミドル級は、残念ながらスローテンポ&クリンチ連発で選手層も薄かった。

 

名前は秘すが、練習に来ないランカーへ

「(ミドル級)タイトルマッチが決まったから練習に来い」とジムが電話。

そのランカーはたった2週間のジムワークでベルトを巻いた・・・。

 

ジョー小泉氏が献身的な支援をしていた千里馬啓徳も米国修行では、技術、スピード不足でウェルター級王者にスパーで倒された。

 

その後、下の階級から上げてきた大和田正春の左フックは国内レベルでは抜きんでており、俊才大和武士を退けたが世界を狙うまでは・・・。

それだけに1995年12月竹原信二がこのミドル級世界王座を獲得した際は本当に奇跡を感じた。

 

日本拳闘界史の中でトップクラスの快挙と言って良い。

 

当時メジャーリーグへ渡った野茂英雄が「トルネード旋風」を巻き起こしていたが、周囲に「竹原の快挙は野茂以上だよ」と触れまわっていたものだ。

 

アマ歴もなく叩き上げの竹原が世界ミドル級王座に輝くなどもはや漫画の世界の出来事だ。

 

現在竹原の様な体躯の若者は、他競技を選択するケースが多いだろうが、村田諒太の成功例を見るようにこのクラスで世界を掴めば相応の報酬が得られる。

竹原もアプローチは違えども、この元ミドル級王者肩書を利して財を成した。

 

是非この競技を選んで欲しいな。

 

 

 

元世界二階級制覇王者(ミニマム、ライトフライ)京口紘人(ワタナベ)が引退表明。 

 

京口は2016年4月、同級生のライバル谷口将隆と同時期デビュー。 

 

お互いデビュー時から将来の王者候補として期待されていた。 

 

京口は「辰吉直伝の左レバー」を主武器に順調な足取り、6戦目でOPBF王座、デビュー8戦目にしてIBF世界ミニマム級王座へ就いた。 

 

最軽量級では京口のパワー、フィジカルがモノを言い2度の防衛に成功。 

 

その勢いそのままに2018年12月31日海外リング(マカオ)で難敵 ヘッキー・ブトラー(南アフリカ)を10R終了TKOで下し、 

 

WBA世界ライトフライ級王座獲得で二階級制覇。 

 

京口のベストファイトだと思う。 

 

京口を評価すべき点は海外試合を厭わなかったこと。 

2021年3月米国テキサス州で防衛成功。 

 

2022年6月敵地メキシコでWBALF正規王者エステバン・ベルムンデス(メキシコ)との統一戦(京口はスーパー王者)を激闘の末、勝利し王座統一。 

※掛け値無く京口キャリア最大の勝利。 

 

次戦で寺地拳四朗との統一戦に敗れ無冠となったのを最後に世界王座に就くことは無かったが、ラストファイトとなった今年3月の世界王者アンソニー・オラスクアガへの挑戦も実に頭脳的に戦い肉薄した。 

 

敗れた3敗。拳四朗には完敗だったが、意地の一太刀を返し、他の2敗(ビンス・パラス、オラスクアガ)は惜敗とある意味では底をみせなかったとも言える。 

 

高く硬いガードから自在にパンチを繰り出せる体幹と柔軟性。 

 

そして一番の武器は精神面。いついかなる場面でもアグレッシブスタイルを敢行出来た京口。

 

31歳と近年では若く総試合数も22戦と余力を残しての引退となったが、人望も有り明るい京口は第二の人生でも成功することだろう。 

 

Youtuberボクサーの先駆けとしての顔も有り、京口にしかできない形でボクシング界を盛り上げて欲しい。 

 

魂の戦いを繰り広げた京口紘人選手お疲れ様でした。 

 

京口紘人:22戦19勝(12KO)3敗