ツタンカーメンの玉座には多くの象徴的な意匠が施されていますが、私はこの椅子そのものを「舟」として捉えています。
この玉座はツタンカーメンの墓から発掘されたものであり、そこには再生・復活の意味が込められていたと考えられます。古代エジプトでは、太陽神が「太陽の舟」に乗って冥界を巡り、再び現世へと復活するという思想がありました。

 

 

ツタンカーメンも死後、冥界を航行し、現世へ再生する必要がありました。そのため、この玉座は彼が乗るべき「舟」を象徴していると私は考えています。

また、女神イシスの頭上には玉座(下の絵)が描かれますが、この玉座は単なる王権の象徴にとどまらず、舟の象徴としての性格も持っていた可能性があります。さらに、玉座の背もたれ部分は、私は「鳥居」を表しているのではないかと考えています。

 

 

日本の珍塚古墳の壁画には舟と推定される図像が描かれています。向かって左の小舟には鳥が描かれ、櫂を漕ぐ人物とともに、舟の上に鳥居のような形(下の赤い線で囲んだ部分が鳥居)が確認できます。私はこれを鳥居と解釈しています。

 

 

 

また、伊勢神宮・伊雑宮の御田植祭では、少女が舟に乗り太鼓を打つ場面(下の写真)が見られますが、この舟にも鳥居状の構造が見られます。

 

 

 


さらに、諏訪大社下社の遷座祭で用いられる「大御正台」「小御正台」(下の写真)では、四角い神輿の上に鳥居が据えられています。私はこの神輿もまた舟の象徴であると捉えています。柴舟とともに伴行することからも、もとは舟であった可能性が高いと考えています。後世にさまざまな意味が付加され変化したとしても、原型は舟であったと思われます。

 

 

珍塚古墳の舟の鳥居、伊雑宮の御田植祭の舟の鳥居、諏訪大社の神輿の鳥居、そしてツタンカーメンの玉座の背もたれの鳥居的構造。これらは互いに共鳴し合い、共通の象徴体系を形づくっているように思われます。

 

一般的に鳥居は「神界と現世の境界」「結界」と理解されていますが、私は鳥居そのものが舟の象徴を内包し、冥界・現世・天空を巡行する乗り物として意識されていたのではないかと推測しています。


古代エジプトと古代日本の象徴体系は、こうした「舟」と「鳥居」の重なりを通して、深い共通性を持っていた可能性があります。

 

※ 右上の写真はhttps://yatsu-genjin.jp/suwataisya/simosya/gyouretu.htmの遷座神輿の正体は…(諏訪大社下社の遷座祭)よりお借りしました。