諏訪大社は古来よりミシャグジ神と深い関係を持ちますが、その本質はいまだ明確には解明されていません。私は、ミシャグジ神を祀る社や祠に杓子(しゃくし)が多く奉納されていることに注目し、この神がオタマジャクシや蛙と密接な象徴的関係を持つと考えています。

 

 

蛙は多産であり、生命力の象徴として古くから意識されてきました。諏訪地方は稲作に必ずしも適した土地ではなく、干ばつや災害、大雪などによる食料難にしばしば見舞われました。そのような環境において、蛙は貴重なたんぱく源として人々の生活を支えたと考えられます。また、オタマジャクシの姿が杓子に似ていることも、ミシャグジ神と杓子の結びつきを示す要素であると思います。

 

 

さらに、縄文時代の諏訪周辺では蛙を描いた土器が多数出土します。これは日本の他地域にはあまり見られない特徴であり、蛙がこの地域の信仰体系において特別な位置を占めていたことを示唆します。

 

 

また、北斗七星の柄杓形がミシャグジ信仰と関連していた可能性も考えられます。北斗は水や生命、再生の象徴であり、その近くには宇宙の中心を示す北極星が輝きます。さらに、オリオン座の四角形は冥界や水、船、再生を象徴し、これらの星座が諏訪の信仰構造に影響を与えた可能性があります。

 

 

 

諏訪大社の御柱は四本で構成されますが、興味深いことにその長さと太さはすべて異なります。

 

• 一の柱:5丈5尺(16.6m)

• 二の柱:5丈(15m)

• 三の柱:4丈5尺(13.6m)

• 四の柱:4丈(12m)

• 太さ:目通り 2.5〜3.5m(各柱で異なります)

 

 

私は、この四本の御柱は蛙の前足の四本の指を象ったものではないかと考えています。蛙の指は長さも太さも異なり、御柱の不均一性とよく対応します。

 

 

諏訪大社には土着神である守矢(もりや)神が祀られ、神長官は守矢氏が務めます。「矢」のように尖った御柱は、守矢神の“矢”としての象徴性を帯びていた可能性があります。「守」は「森」や「杜」とも通じ、諏訪の森を守る四本の矢という解釈も成立します。古代において矢は単なる武器ではなく、神霊の依代であり、正義と神威の象徴でした。四方に立つ御柱は、まさに守矢神が諏訪の地を守護する結界そのものと考えられます。

 

では、この方形の四隅に柱を立てる構造はどこに由来するのでしょうか。

イスラム教のモスクには、御柱に似た四本の塔が方形に配置される例があります。これらは**ミナーレ(ミナレット)**と呼ばれ、礼拝の呼びかけ(アザーン)を行うための塔です。ミナーレは一本から六本まで存在しますが、四本のミナーレはオスマン帝国のスルタン級の権威を象徴する建築様式とされます。

 

私は、諏訪の御柱の方形配置は、北斗七星の四角形、あるいはオリオン座の四角形を原型とした可能性が高いと考えています。北斗は水と生命の象徴であり、オリオンは冥界や水、再生の象徴です。いずれも生命の循環と宇宙秩序を示す星座であり、諏訪の御柱はこれらの星辰象徴を地上に写し取った“宇宙の枠組み”であったのではないかと考えます。

 

次回は、この四本の御柱と春宮、秋宮の中心に立つ心御柱を軸に、さらに深い考察を進めます。