古代エジプト天空の女神ヌトは、一般的には水甕を頭に載せた姿で表現されますが、両手両足で体を支える弓なりの姿で描かれることも多くあります(下の絵)。この形は何を意味しているのでしょうか。

 

 

ヌトの腹部には星々(魂、神霊)が描かれ、そこは太陽神ラーの聖船が夜間に通る道とされます。死者の魂は星となってヌトの体に宿ると信じられ、棺の蓋の裏にヌトが描かれることもあります。太陽はヌトの口から飲み込まれ、夜の間に彼女の体内を通り、子宮から朝に再び生まれるとされます。ヌトの上を太陽の船に乗った太陽神ラーが巡行し、ヌトの下には夫である大地神ゲブが横たわっています。

 

 

このヌトの姿は、天と地の分離を象徴する神話的構図であり、宇宙の秩序と再生の循環を視覚化したものです。古代の壁画や絵画には、宇宙や天空をアーチやドーム型で表現する例が多く見られます。ヌトの体の表現も、この形を示していると考えられます。

 

天の川(アーチ状)

 

私は、この弓なりの姿が、アーチ状に見える天の川(左上の写真)をヌトの体として表現したものだと考えています。天の川がアーチ状に見えるのは7月から9月にかけてで、月に数回、多ければ10回以上観察できるそうです。ヌトのこの絵は夜の冥界を表現しているといえます。日中に見られる虹もアーチ状ですが、夜にもアーチを見ることができるのです。古代の人々は天空の色や形、動きに非常に敏感であったと思われます。

 

夜のアーチ状の天の川もまた冥界と現世を隔てる川と捉えることができます。天の川は川である以上、船で渡るものです。それが太陽の船であると考えられます。太陽の船に乗った太陽神ラーがヌトの体の上を巡行しています。

 

月虹(げっこう)

 

また、天の川を冥界と現世を隔てる川と考えるなら、この川を渡ることで冥界から現世へ再生するという思想が、このようなヌトの姿の表現につながったのではないでしょうか。さらに、稀に月虹(げっこう)も見られることがあります(上の写真・月虹の上に天の川が見えます)。これは月の光によって生じる虹です。こうした日中の虹、月虹、そして天の川のアーチから、ヌトの体の表現が生まれたと考えられます。

 

※ 右中央の写真はegiptologyさんの投稿から、月虹の写真はKAGAYAさんからお借りしました。