ウチに泊まっていった客人の中でも、
特に忘れられない女の子がいる。![]()
私の記憶は色んなところで曖昧なのだが、
その子が家に泊まったのが出産直前か直後か
どうしても思い出せない。
ある日、私とボビーが家の最寄りのトラム停留所で降り、
行き過ぎようとした時、
とんでもない光景を目の当たりにしたのだった。
なんと女の子が自ら発車して加速したトラムに
飛び込んで行ったのだった。
トラムは女の子を測道にはじき飛ばして
そのまま走り去って行った。
女の子は怪我をしたと見えて、地面にぺたんと座り込んでいた。
それだけでも充分驚きなのだが、さらなる衝撃は
沢山その場にいた人たちが、誰一人掛け寄るでもなく、
ちらっと見てはその場を離れて行った事であった。
誰も助けないことを悟った私たちは、彼女の元へ走った。
彼女は手首の辺りから出血していて、
ぽたぽたと地面に滴り落ちていた。
名前を聞いても連絡先を聞いても、何も答えない。
ここは警察に連絡すべきなのか迷うが、
警察と言うワードに反応した彼女は、はっきりと
家出していて帰りたくないことを告げた。
年はまだ13、4歳くらいで、持ち物はほとんどなく、
今日も行く当てがないと言う。
取りあえずウチへ招き入れて、話しを聞く事にした。
怪我の応急処置をした後で、3人で温かいスープを食べた。
お腹が一杯になってホッとしたのか、
彼女は私たちに対する警戒心を少しだけ解いたようにみえた。
そして彼女が私たちに話した内容は、
私にはあまりにも重すぎるものだった。
彼女は幼少時にボスニアから難民として、
家族とともにスイスに移り住んだのだった。
紛争でお母さんは亡くなり、お父さんはで片足を失った事。
小さなアパートに何人もの兄弟と一緒に住んでいる事。
お父さんは仕事もせず、始終酒を飲み子供たちに暴力を振るう事。
彼女は家出して、友達のところを転々としている事。
学校も面白くないし、死にたいと思っている事。
そのうち疲れたと言うので、シャワーも浴びずに
汚れた服のままマットに横になると、
明るい室内で、私たちの前で寝息を立て始めた。
余程疲れていたようだった。
沈黙のまま過ごす私たち。
これだけ過酷な状況にいる女の子に、何もしてあげられない。
いい大人なのに、どうしたら良いのか皆目見当もつかなかった。
寝れない夜を過ごして、朝方に爆睡した私たちは起きてみて
女の子が既に去った事を知ったのだった。
友達のところに行く、ありがとう、と置き手紙を残して。
本当は行く当てがないのじゃないかと思った。
私たちに迷惑が掛かるとでも思ったのだろうか‥
難民問題は移住できたとしても何年も続く問題なのだった。
私は全く無知だった。
そして、何も見なかったかの様に立ち去って行った人たち。
本当は他人の問題ごとなんて、所詮他人事なのだった。
私も含めて。
あの女の子が生きていてほしいと思う。