日本での英語の現在 | Arcのブログ

Arcのブログ

英語と日本語について

 帰国してから私は世間一般の考える英語の現状に大きな違和感をおぼえました。ここでは気づいた事をいくつか書いていきます。

 英語に対する異常な関心度の高さと実際の需要にギャップがある
 私にとっての英語とは「生活の道具」でした。しかし日本では日本語が話せれば生活に不自由することは一部の人を除いてほぼありません。必要ないものをなぜ勉強したがるのでしょうか。

 ファッションとしての英語
 人の心理は難しいもので、直接聞くと答えは大抵「違う!」になりますが。大半の日本人は英語はかっこいいとどこかしら思っているようです。常に流行の中心にある辞書からひっぱってきたようなカタカナ英語は、使い古した言葉もなぜか神秘的に変えてしまいます。これらの流行語は社会での英語の必要のなさとあいまって意味だけが一人歩きをはじめ、やがて本来の意味とかけ離れた和製英語へと姿を変えていきます。

 商売としての英語
 関心の多く集まるものには利益が生まれます。「寝ながら聞いているだけで英語がわかるようになる!」、「たった二週間でこんなに喋れる!」のような甘いキャッチフレーズをちらつかせて客を呼び込んでいるのを見かけます。現実はそんなに甘くないです。

 腹筋を鍛えるのにベルトから電気を流して勝手に運動してくれるような商品と同じで他力本願では英語は絶対に身につきません。そういった無責任な事を言っている業者たちは世間の英語に対する認識をさらにゆがませています。

 英語を学ぶのと自転車に初めて乗る練習はとても似ています。バランス感覚は誰からも教わる事はできません、だから何回も何回もこけて泣いて自分の物にしていくんです。それなりの時間と労力の投資を覚悟しなければいけません。

 英語は世界共通語だから…
 英語は世界共通語ではありません。

 英語が公式の場で使用される事が多い理由は英語を使う一部分の国が現在、世界で政治的、経済的に優位な立場にある。それだけです。

 人口からみても英語は3位です。5.5%の人達のために世界があわせなければいけないなんて公平じゃないですよね。

 何十年後の経済状況を見据えて他の言語を学ぶとすれば、中国語がいいのかも知れませんね。今は反中意識が高いので心外に思われる方も多いかも知れませんが。同じアジア人なのに・・・ 悲しいことです。

 なぜこんなことを書くのか
 日本という比較的他の文化から隔離された社会で英語崇拝主義が実体のないものと感じたため。英語に興味を持っている方達にもう一度「なぜ?」と原点を見つめなおして欲しかったため。

 日本での英語の現在 << 目次 >> 英語と日本語の違い(スペルと発音)