日本にも不穏な空気が漂い始めていた2月中旬、神戸で開かれていたゴッホ展を観に行きました。
そして、ゴッホ展の感動も記憶に新しいこの春、文庫新刊として出た「たゆたえども沈まず」。
ゴッホを題材とした原田マハさんのアート小説で、これは読まにゃ、と読んだ本です。
ただ、この作品で中心に描かれているのはフィンセント・ファン・ゴッホではなく、彼の弟のテオの方です。
展覧会でゴッホの作品を観ると、必ずと言っていいほど、弟テオとの手紙が紹介されており、この兄弟の深い絆というものが、作品とともに強く印象に残ります。
画商として働きながら、兄フィンセントの画業を支え続けたテオ。
テオがいたからこそ、フィンセントは画業に専念でき、わずか10年ほどの間に、後年、高く評価される作品を多く描くことができたわけで、その献身ぶりに心打たれます。
そして、フィンセントが自らを銃で撃ち亡くなった翌年、まるで後を追うようにテオが亡くなったということがまた切ないのです。
フィンセントの絵には人を惹きつける魅力がありますが、人物としては弟テオに強く惹かれます。
そのテオを中心に据えてくれていることがまずなによりこの作品のうれしいところなんですが、そこにもう一つ、同時代にパリで活動していた日本人美術商林忠正と忠正の下で働く加納重吉(架空)との交流を絡めているのがまた面白いところです。
当時のパリでは日本の浮世絵がブームになっており、印象派の画家たちや、ゴッホらにも強い影響を与えたことはよく知られていることです。
林忠正とゴッホ兄弟の間に実際に交流があったという記録はないそうですが、逆に交流がなかったという記録もないわけで、そこに創作の余地を見出し、こうであったら日本人として嬉しい、誇らしいと思えるような彼らの交流を描き出しているところが、何とも憎いというか、こういう作品を創作できてうらやましいなと思います。
そして、タイトルの「たゆたえども沈まず」。
パリの市章にも刻まれるパリ市民の矜持を示すこの言葉が、彼らの生き方に表されており、作品全体を引き締めている、このことがなにより印象的な作品でした。