武家屋敷通りの東側で交差する八幡馬場通りを下って
行くと、飫肥3丁目交差点を正面にした白い下見板張り
壁に、窓枠や柱、軒先等を茶色に塗装された洋風建物が
目につきました。
飫肥城周りの高台には、上級家臣の屋敷が並び、格式に
応じて門を構え、飫肥石や玉石を積み、その上に生垣を
したり、飫肥杉の塀を設けたりしています。通りの幅は
江戸時代のままで、石垣等そのまま保存されてきたそう。
飫肥城の大手門をくぐり進むと正方形の四隅に飫肥杉が
あり、その中心に立つと幸せパワーが授かるしあわせ杉
がありました。旧本丸跡は、緑の苔の絨毯に樹齢140年
の飫肥杉が立ち並ぶ「いやしの森」と呼ばれる癒し空間。
重要伝建登録の九州第一号である江戸時代の町割りが
残る飫肥の町。城下町の南側に位置する前鶴通りには、
藩医の屋敷が多くあったそうで、通り沿いは飫肥石の
高い石垣で囲まれ、武家屋敷庭園もありました。
青島の宿の窓から東を見ると、ポルタニックガーデン青島
の温室やワシントニアヤシの背後に、朝日に照らされた海
が少し望めました。その雰囲気はまさに南国のけしきで、
ハワイのアラ・ワイ運河沿いの感じがしました。