ウサイン・ボルトが100mを10秒で走るとき、
その10秒の時間というのは、認識上、
動かし難い時刻から時刻の時間の長さである。
同じ場面を、10歳の子供と50歳の大人が見る時、
10歳のとっての10秒と50歳にとっての10秒とで、
その長さは異なっている。
誰の立場とっての相違なのか、ということだ。
当然、物理学上でも立証されている。
その物体の速度が速くなればなるほど、
時間の進み具合は遅くなる、と。
未来に行くことは出来るが、過去へは戻れない。
10年の流れのうちの1時間であるが、
50歳の大人の1時間は、
50年の中の1時間でしかない。
10歳の子供には10分の1、50歳の大人には50分の1。
5歳の子供にとってとなると5分の1だ。
というのは錯覚でもなんでもない現実だ。
非常に重要なことが隠されている。
今でも、平然と、毎日毎日、
NHKがお役目のように、数値を伝えている。
今は、「午後5時『測定』の・・・・」という。
そのNHKに直接確認をしたことを記述した事がある。
放射性数値の問題に関わるつもりもないし、
これまでも、全く無視し続けている。
取り上げてみただけのことである。
健康に影響がある、なし、という国を無視している。
などという認識に呆れるしかないし、
それで、安全基準がどうだのこうだのと論じる。
それを参考にしている人の思いが理解不能。
大人の時間感覚で「1年間の被曝量」などと言う、
とんでもないバカ基準を持ち出している。
5歳の子供にとっては、10倍の比重を占めるほど、
かけがえの無い密度を秘めているのだ。
それでも年間1mSv(ミリシーベルト)が、
現実の5歳児にとっては、50mSvにも匹敵する。
どの基準をもって、勝手なことを言いやがる?
2日や3日の滞在で、「影響はない」という断言をする。
去年の4月には、こんな発言さえしているのだ。
防護服を用意していたが、原発前でも着る必要がなく、
拍子抜けするほどだった」
放射能の基準作りを「勝手に」やらかしているのだ。
子供の1分1時間、1日1日が、どれほど重みがあるか、
大人の持つ認識では比較は出来ないのだ。
ということだ。
1年間の被曝数値を安全だの影響はないなどと!!
それしかないからと、チェルノブイリを持ち出す。
生きものそのものを無視しているのだ。
実際には完全に放射能の影響が原因であっても、
「絶対に」その結びつけは排除される。
3年5年と児童たちの線量検査を続けると言う。
絶対帰ることの出来ないところに帰らせようとする。
復興させなければならないからといって住まわせる。
東電の国家犯罪を見逃し、国民の命を犠牲にする。
原発の事故がある無しに関係なく、
この日本という国は、「全国」の規模で、
50年も100年も、そして200年も、こうして、
人間の身体が、検体にされ続けるのだ。
まともに人間の命を根底にするわけが無い。
何を隠そう、
原発からの放射能を延々と隠し続けてきた。
放射能被曝の実態を、
「健康への影響」の有無に結びつけ、ひたすら、
国民の健康の原因と切り離してきた。
安倍という死に損ないを使って、地獄を招く。
唯一の被爆国の日本が、
国として受けた被曝の現実を受け入れもせず、
被爆者の苦しみを放置したままで、現在にある。
この国も地球上に存在する「生きもの」なのだ。
①原発の存在を否定する立場からであるか否か。
②日本という国を生き物として捉えるか否か。
70年近くの年齢を重ねて、初めて東北に行けたのも、
確かに、原発のおかげというものだよ。
それでいいよ。」と遠く九州から言ってくる。
子供たちの将来を実験材料にする県知事や国には、
オイラの死骸を目の前に運んでくれればいい。
この福島で、こんなオイラでも、
人間生活の中で「普通ではない暮らし」が、
「普通の暮らし」のようにさせられ続ける。
玄関先には常に非常時の持ち出し袋を準備。
洗濯の干し物を自由に外には並べられない。






















