さて、
ウサイン・ボルトが100mを10秒で走るとき、
その10秒の時間というのは、認識上、
動かし難い時刻から時刻の時間の長さである。
ウサイン・ボルトが100mを10秒で走るとき、
その10秒の時間というのは、認識上、
動かし難い時刻から時刻の時間の長さである。
その動かし難い時間の長さではあるが、
同じ場面を、10歳の子供と50歳の大人が見る時、
10歳のとっての10秒と50歳にとっての10秒とで、
その長さは異なっている。
同じ場面を、10歳の子供と50歳の大人が見る時、
10歳のとっての10秒と50歳にとっての10秒とで、
その長さは異なっている。
問題は、その違いが、
誰の立場とっての相違なのか、ということだ。
誰の立場とっての相違なのか、ということだ。
時間の早さというのは、早くもなり遅くもなる。
当然、物理学上でも立証されている。
当然、物理学上でも立証されている。
ある物体に乗っているとして、
その物体の速度が速くなればなるほど、
時間の進み具合は遅くなる、と。
その物体の速度が速くなればなるほど、
時間の進み具合は遅くなる、と。
光速に近づけば近づくほど、
時間の速度は限りなく遅くなってくる。
従って、理論的には、
未来に行くことは出来るが、過去へは戻れない。
未来に行くことは出来るが、過去へは戻れない。
ただし、これは実質的に未来に行くのではなく、
戻ってきた場所が、未来の世界ということだ。
それはそれとして、現実の人間世界。
10歳の子供の1時間は、その子供にとっては、
10年の流れのうちの1時間であるが、
50歳の大人の1時間は、
50年の中の1時間でしかない。
10年の流れのうちの1時間であるが、
50歳の大人の1時間は、
50年の中の1時間でしかない。
要するに、1年という時間の流れは、
10歳の子供には10分の1、50歳の大人には50分の1。
5歳の子供にとってとなると5分の1だ。
10歳の子供には10分の1、50歳の大人には50分の1。
5歳の子供にとってとなると5分の1だ。
歳をとればとるほど月日は速く流れる。
というのは錯覚でもなんでもない現実だ。
というのは錯覚でもなんでもない現実だ。
実は、ここに「放射線被曝」ということに関して、
非常に重要なことが隠されている。
非常に重要なことが隠されている。
今更、原発からの放射線数値の欺瞞は不要だが、
今でも、平然と、毎日毎日、
NHKがお役目のように、数値を伝えている。
今でも、平然と、毎日毎日、
NHKがお役目のように、数値を伝えている。
「文科省、午後5時発表の数値」などと。
最近、耳にしたのだが、
今は、「午後5時『測定』の・・・・」という。
今は、「午後5時『測定』の・・・・」という。
この大嘘つきが!
去年だったか、NHKが発表する数値の件で、
そのNHKに直接確認をしたことを記述した事がある。
そのNHKに直接確認をしたことを記述した事がある。
オイラは、原発事故以来、とっくに、
放射性数値の問題に関わるつもりもないし、
これまでも、全く無視し続けている。
放射性数値の問題に関わるつもりもないし、
これまでも、全く無視し続けている。
ただ、避難区域に直接入り込んだ時に、
取り上げてみただけのことである。
取り上げてみただけのことである。
元々、こういう数値を取り沙汰しながら、
健康に影響がある、なし、という国を無視している。
健康に影響がある、なし、という国を無視している。
その根拠を持ち出す学者連中を無視し続けるだけだ。
こういう連中が、「1年間被曝したとして・・」
などという認識に呆れるしかないし、
それで、安全基準がどうだのこうだのと論じる。
などという認識に呆れるしかないし、
それで、安全基準がどうだのこうだのと論じる。
一様に、この連中と、また、
それを参考にしている人の思いが理解不能。
それを参考にしている人の思いが理解不能。
幼子とか幼児・児童への影響を呼びかけながら、
大人の時間感覚で「1年間の被曝量」などと言う、
とんでもないバカ基準を持ち出している。
大人の時間感覚で「1年間の被曝量」などと言う、
とんでもないバカ基準を持ち出している。
人間の持つ体内時間、などという問題ではない。
現実に、50歳の大人の僅か1年は、
5歳の子供にとっては、10倍の比重を占めるほど、
かけがえの無い密度を秘めているのだ。
5歳の子供にとっては、10倍の比重を占めるほど、
かけがえの無い密度を秘めているのだ。
大人たちの勝手な基準で、
それでも年間1mSv(ミリシーベルト)が、
現実の5歳児にとっては、50mSvにも匹敵する。
それでも年間1mSv(ミリシーベルト)が、
現実の5歳児にとっては、50mSvにも匹敵する。
「外での運動は2時間以内に」とか、
どの基準をもって、勝手なことを言いやがる?
どの基準をもって、勝手なことを言いやがる?
札幌医大の高田純などは当初から、
2日や3日の滞在で、「影響はない」という断言をする。
2日や3日の滞在で、「影響はない」という断言をする。
コイツの頭には、知能に対する意識が全く無い。
去年の4月には、こんな発言さえしているのだ。
去年の4月には、こんな発言さえしているのだ。
「私の累積被曝線量はたった0・1ミリシーベルト。
防護服を用意していたが、原発前でも着る必要がなく、
拍子抜けするほどだった」
防護服を用意していたが、原発前でも着る必要がなく、
拍子抜けするほどだった」
こういうバカな学者や大人たちが、
放射能の基準作りを「勝手に」やらかしているのだ。
放射能の基準作りを「勝手に」やらかしているのだ。
0,1mSvだろうが、0,01mSvだろうが、
子供の1分1時間、1日1日が、どれほど重みがあるか、
大人の持つ認識では比較は出来ないのだ。
子供の1分1時間、1日1日が、どれほど重みがあるか、
大人の持つ認識では比較は出来ないのだ。
比較にならないほど「濃密な時間」に中にいる、
ということだ。
ということだ。
ばか者どもがっ!!
そんな子供や女性や妊婦に対して、
1年間の被曝数値を安全だの影響はないなどと!!
1年間の被曝数値を安全だの影響はないなどと!!
未だに完全な参考材料になるわけでもないのに、
それしかないからと、チェルノブイリを持ち出す。
それしかないからと、チェルノブイリを持ち出す。
それを、この国は20mSvにするという鬼畜策。
愚かとか、安全軽視とか言う基準どころではない。
生きものそのものを無視しているのだ。
生きものそのものを無視しているのだ。
それで、勝手に、「影響の有無」を言う!
その挙句が、1年だろうが2年だろうが5年だろうが、
実際には完全に放射能の影響が原因であっても、
「絶対に」その結びつけは排除される。
実際には完全に放射能の影響が原因であっても、
「絶対に」その結びつけは排除される。
そして、それでも、
3年5年と児童たちの線量検査を続けると言う。
3年5年と児童たちの線量検査を続けると言う。
住んではならないところに住ませようとする。
絶対帰ることの出来ないところに帰らせようとする。
復興させなければならないからといって住まわせる。
絶対帰ることの出来ないところに帰らせようとする。
復興させなければならないからといって住まわせる。
その全ては、住民や国民の命や暮らしの為ではない。
果たすべき全責任をごまかし、放棄しようとする。
東電の国家犯罪を見逃し、国民の命を犠牲にする。
東電の国家犯罪を見逃し、国民の命を犠牲にする。
ただ、「原発を持ち続ける為」のことに、だ。
原発の存続が続く限り、
原発の事故がある無しに関係なく、
この日本という国は、「全国」の規模で、
50年も100年も、そして200年も、こうして、
人間の身体が、検体にされ続けるのだ。
原発の事故がある無しに関係なく、
この日本という国は、「全国」の規模で、
50年も100年も、そして200年も、こうして、
人間の身体が、検体にされ続けるのだ。
尤も、ホンの5年先10年先には、
国民は悲鳴をあげることになるだろうが。
もともと、文部科学省という行政機関が、
まともに人間の命を根底にするわけが無い。
まともに人間の命を根底にするわけが無い。
厚生労働省ですら、そうなのだから。
この文科省が、ひっそりと関わりを持つ原発。
報道の表面に出る部分は、ひっそりではあるが、
何を隠そう、
何を隠そう、
科学技術庁が原発の温床の一つだ。
厚労省と一体となって、
原発からの放射能を延々と隠し続けてきた。
原発からの放射能を延々と隠し続けてきた。
厚労省と一体となって、
放射能被曝の実態を、
「健康への影響」の有無に結びつけ、ひたすら、
国民の健康の原因と切り離してきた。
放射能被曝の実態を、
「健康への影響」の有無に結びつけ、ひたすら、
国民の健康の原因と切り離してきた。
こういう非人間の推進役だった自民党が、
安倍という死に損ないを使って、地獄を招く。
安倍という死に損ないを使って、地獄を招く。
なぜなら、
唯一の被爆国の日本が、
国として受けた被曝の現実を受け入れもせず、
被爆者の苦しみを放置したままで、現在にある。
唯一の被爆国の日本が、
国として受けた被曝の現実を受け入れもせず、
被爆者の苦しみを放置したままで、現在にある。
つまり、
この国も地球上に存在する「生きもの」なのだ。
この国も地球上に存在する「生きもの」なのだ。
自民党には、
「生きもの」という認識が無い。
1月9日の記事に取り上げたこと、
①原発の存在を否定する立場からであるか否か。
②日本という国を生き物として捉えるか否か。
①原発の存在を否定する立場からであるか否か。
②日本という国を生き物として捉えるか否か。
この②という点で、
自民党は地獄の使者となる。
この使者は、死者を歓迎していくだろう。
オイラは、もう歳だ。
70年近くの年齢を重ねて、初めて東北に行けたのも、
確かに、原発のおかげというものだよ。
70年近くの年齢を重ねて、初めて東北に行けたのも、
確かに、原発のおかげというものだよ。
「アンタが生き甲斐を見つけることが出来たのなら、
それでいいよ。」と遠く九州から言ってくる。
それでいいよ。」と遠く九州から言ってくる。
オイラの死に場所になろうと、
子供たちの将来を実験材料にする県知事や国には、
オイラの死骸を目の前に運んでくれればいい。
子供たちの将来を実験材料にする県知事や国には、
オイラの死骸を目の前に運んでくれればいい。
生きている限りの生き甲斐は、当面は勿論、
この福島で、こんなオイラでも、
この福島で、こんなオイラでも、
迎えてくれる人のおかげだ。
そこでしか生きて行けない人だから共に暮らすのだ。
原発への怨念で始めたことからのことだ。
いつの間にか、
人間生活の中で「普通ではない暮らし」が、
「普通の暮らし」のようにさせられ続ける。
人間生活の中で「普通ではない暮らし」が、
「普通の暮らし」のようにさせられ続ける。
水道からの水は「原水」であり、汚れ落としだ。
常に「浄化水」をタンクに貯めて、それを使う。
玄関先には常に非常時の持ち出し袋を準備。
洗濯の干し物を自由に外には並べられない。
玄関先には常に非常時の持ち出し袋を準備。
洗濯の干し物を自由に外には並べられない。
これで、普通の暮らしですか?
権力の銃口を向けながら、
「ここで暮らす以外のことには補償はせん!」
と脅し続ける国や自治体に、
それでも抵抗して「声をあげろ」と言えますか?
この福島県民の多くが、
どれほど苦しみ疲れ果てて来たかを考えますか?
福島県民は、
とっくにそう言い続けて来ているんですよ!
今でも苦しんでいるのですよ。
耳を塞ぎたい思いで・・・・。
以上転載終了
最近 ノホホ~ン と、暮らしとりました
反省です!!
