ブログ散歩をしました


で、この記事は本日の最大の収穫です。

ご一読下さい。



「感性のめいろ」様のブログ グッド!


転載開始


②歴史ということと時間ということへの関わり

2013-01-12 13:29:22y3316a0627kanseiの投稿
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さて、
ウサイン・ボルトが100mを10秒で走るとき、
その10秒の時間というのは、認識上、
動かし難い時刻から時刻の時間の長さである。


その動かし難い時間の長さではあるが、
同じ場面を、10歳の子供と50歳の大人が見る時、
10歳のとっての10秒と50歳にとっての10秒とで
その長さは異なっている。


問題は、その違いが、
誰の立場とっての相違なのか、ということだ。
時間の早さというのは、早くもなり遅くもなる。
当然、物理学上でも立証されている。


ある物体に乗っているとして、
その物体の速度が速くなればなるほど、
時間の進み具合は遅くなる、と。

光速に近づけば近づくほど、
時間の速度は限りなく遅くなってくる。


従って、理論的には、
未来に行くことは出来るが、過去へは戻れない。

ただし、これは実質的に未来に行くのではなく、
戻ってきた場所が、未来の世界ということだ。


それはそれとして、現実の人間世界。

10歳の子供の1時間は、その子供にとっては、
10年の流れのうちの1時間であるが、
50歳の大人の1時間は、
50年の中の1時間でしかない。


要するに、1年という時間の流れは、
10歳の子供には10分の1、50歳の大人には50分の1。
5歳の子供にとってとなると5分の1だ。


歳をとればとるほど月日は速く流れる。
というのは錯覚でもなんでもない現実だ。


実は、ここに放射線被曝ということに関して、
非常に重要なことが隠されている。


今更、原発からの放射線数値の欺瞞は不要だが、
今でも、平然と、毎日毎日、
NHKがお役目のように、数値を伝えている。

「文科省、午後5時発表の数値」などと。


最近、耳にしたのだが、
今は、「午後5時『測定』の・・・・」という。

この大嘘つきが

去年だったか、NHKが発表する数値の件で、
そのNHKに直接確認をしたことを記述した事がある。


オイラは、原発事故以来、とっくに、
放射性数値の問題に関わるつもりもないし、
これまでも、全く無視し続けている。


ただ、避難区域に直接入り込んだ時に、
取り上げてみただけのことである。


元々、こういう数値を取り沙汰しながら、
健康に影響がある、なし、という国を無視している。

その根拠を持ち出す学者連中を無視し続けるだけだ。
こういう連中が、1年間被曝したとして
などという認識に呆れるしかないし、
それで、安全基準がどうだのこうだのと論じる。


一様に、この連中と、また、
それを参考にしている人の思いが理解不能。


幼子とか幼児・児童への影響を呼びかけながら、
大人の時間感覚で「1年間の被曝量」などと言う、
とんでもないバカ基準を持ち出している。


人間の持つ体内時間、などという問題ではない。

現実に、50歳の大人の僅か1年は、
5歳の子供にとっては、10倍の比重を占めるほど、
かけがえの無い密度を秘めていのだ。


大人たちの勝手な基準で、
それでも年間1mSv(ミリシーベルト)が、
現実の5歳児にとっては、50mSvにも匹敵する。


「外での運動は2時間以内に」とか、
どの基準をもって、勝手なことを言いやがる


札幌医大の高田純などは当初から、
2日や3日の滞在で、「影響はない」という断言をする。

コイツの頭には、知能に対する意識が全く無い。
去年の4月には、こんな発言さえしているのだ。


「私の累積被曝線量はたった0・1ミリシーベルト。
防護服を用意していたが、原発前でも着る必要がなく、
拍子抜けするほどだった


こういうバカな学者や大人たちが、
放射能の基準作りを「勝手に」やらかしているのだ。


0,1mSvだろうが、0,01mSvだろうが
子供の1分1時間、1日1日が、どれほど重みがあるか、
大人の持つ認識では比較は出来ないのだ。

比較にならないほど濃密な時間に中にいる、
ということだ。


ばか者どもがっ!!



そんな子供や女性や妊婦に対して、
1年間の被曝数値を安全だの影響はないなどと!!


未だに完全な参考材料になるわけでもないのに、
それしかないからと、チェルノブイリを持ち出す。


それを、この国は20mSvにするという鬼畜

愚かとか、安全軽視とか言う基準どころではない。
生きものそのものを無視しているのだ。


それで、勝手に、「影響の有無」を言う

その挙句が、1年だろうが2年だろうが5年だろうが、
実際には完全に放射能の影響が原因であっても、
絶対にその結びつけは排除される


そして、それでも、
3年5年と児童たちの線量検査を続けると言う。


住んではならないところに住ませようとする。
絶対帰ることの出来ないところに帰らせようとする。
復興させなければならないからといって住まわせる。


その全ては、住民や国民の命や暮らしの為ではない。

果たすべき全責任をごまかし、放棄しようとする。
東電の国家犯罪を見逃し、国民の命を犠牲にする。

ただ、原発を持ち続けるのことに、だ。



原発の存続が続く限り
原発の事故がある無しに関係なく、
この日本という国は、
「全国」の規模で
50年も100年も、そして200年も、こうして、
人間の身体が、検体にされ続けるのだ。


尤も、ホンの5年先10年先には、
国民は悲鳴をあげることになるだろうが。



もともと、文部科学省という行政機関が、
まともに人間の命を根底にするわけが無い。

厚生労働省ですら、そうなのだから。


この文科省が、ひっそりと関わりを持つ原発。

報道の表面に出る部分は、ひっそりではあるが、
何を隠そう、
科学技術庁が原発の温床の一つだ。


厚労省と一体となって、
原発からの放射能を延々と隠し続けてきた。

厚労省と一体となって、
放射能被曝の実態を、
「健康への影響」の有無に結びつけ、ひたすら、
国民の健康の原因と切り離してきた。


こういう非人間の推進役だった自民党が、
安倍という死に損ないを使って、地獄を招く。


なぜなら、
唯一の被爆国の日本が、
国として受けた被曝の現実を受け入れもせず、
被爆者の苦しみを放置したままで、現在にある。


つまり、
この国も地球上に存在する「生きもの」なのだ。


自民党には
「生きもの」という認識が無い



1月9日の記事に取り上げたこと、
原発の存在を否定する立場からであるか否か。
日本という国を生き物として捉えるか否か。


この②という点で、
自民党は地獄の使者となる。

この使者は、死者を歓迎していくだろう。


オイラは、もう歳だ。
70年近くの年齢を重ねて、初めて東北に行けたのも、
確かに、原発のおかげというものだよ。


「アンタが生き甲斐を見つけることが出来たのなら、
それでいいよ。」と遠く九州から言ってくる。


オイラの死に場所になろうと、
子供たちの将来を実験材料にする県知事や国には、
オイラの
死骸を目の前に運んでくれればいい


生きている限りの生き甲斐は、当面は勿論、
この福島で、こんなオイラでも、
迎えてくれる人のおかげだ。

そこでしか生きて行けない人だから共に暮らすのだ。

原発への怨念で始めたことからのことだ。


いつの間にか、
人間生活の中で
普通ではない暮らしが、
普通の暮らしのようにさせられ続ける。


水道からの水は「原水」であり、汚れ落としだ。

常に「浄化水」をタンクに貯めて、それを使う。
玄関先には常に非常時の持ち出し袋を準備。
洗濯の干し物を自由に外には並べられない。


これで、普通の暮らしですか


権力の銃口を向けながら
ここで暮らす以外のことには補償はせん
と脅し続ける国や自治体に、

それでも抵抗して「声をあげろ」と言えますか
この福島県民の多くが、
どれほど苦しみ疲れ果てて来たかを考えますか


福島県民は、
とっくにそう言い続けて来ているんですよ


今でも苦しんでいるのですよ
耳を塞ぎたい思いで・・・・。

以上転載終了


目白発! ケンチク屋の徒然草

最近 ノホホ~ン と、暮らしとりました
        反省です!!


・・・・人間生活の中で「普通ではない暮らし」が、
   「普通の暮らし」のようにさせられ続ける。・・・・・