最期まで かあちゃんであり、おかあさんであり、ばーこであり続けた自慢の祖母の軌跡 -9ページ目

最期まで かあちゃんであり、おかあさんであり、ばーこであり続けた自慢の祖母の軌跡

私の祖母は 肺がんステージ4と診断されてから、5年半、生きました。笑い上戸で 愛に溢れる祖母が遺してくれた思い出たちを 綴ります。


私の祖母
通称 ばーこは
東京生まれ東京育ちの 都会っ子

祖父の猛烈なアプローチで
結婚したと聞いています。

じーちゃんは アメリカ人🇺🇸
…!!!?
と言いたいくらい
アメリカが好き😂

小さい頃、じーちゃんが
アメリカ人の話をよくしてくれました。

じーちゃん
「アメリカ行ったらよく遊ぶ奴がいて
そいつの家に行ったりしてたんだよな」

「じーちゃんすごいなー
アメリカ人のお友達がいるんだー!」

とか

じーちゃん
「店のひとと話して どれがいいんだい?
って言ったら これが一番いいぞ!って言われた」

「アメリカ人とよくお話するんだー!」

とか

小さい頃は じーちゃんが
アメリカに行った時の話を聞くたびに
じーちゃんって すごいなーと
ずっと思っていました。


小学校6年生の時
初めて 
祖父母、父母、妹、私、伯父家族
で アメリカに旅行に行った時✈️

衝撃的な光景を見ました。

いつもニコニコ アメリカ人の
お友達の話をしていたじーちゃんが、
全く!全く!
英語を話していなかったことです。

それどころか、
ご飯屋さんで ハンバーガー1つ
注文できなかったのです。

じーちゃんが
「コーヒープリーズ☕️」
とお店の人に注文すると

「コーク(コカコーラ)」
がテーブルにやってくるのです。


小さい頃からずっとじーちゃんから聞いていた話は、
じーちゃんが頭の中で お店の人と会話したり、
家族の誰かが 外国人と会話した内容を
あたかも自分が話してるかのように
私たち孫に話してただけだと言うことが
発覚した瞬間でした。


それから何度もじーちゃんと
海外旅行にいっていますが
じーちゃんが 外国人と会話をする姿は
見たことがありません笑

じーちゃんは
いまだに 外国人と会話したり
友達がたくさんいるような話を
楽しそうによくしています。


とても ハッピーな頭脳の持ち主で
アメリカンなじーちゃんが
私は自慢です。笑