リビングに向かうとメールした友達がリビングにいた。
彼女は私に気づくと泣きながら私に抱きついてきた。
玄関で待たせていた息子に大丈夫だよと声をかけた。
どんなに辛くても泣き言言わない私があんなメールしてきたからただ事ではないと思い、何度も連絡したけど繋がらなくてこっちに来て警察に事情を説明し立会いで鍵屋さんに開けてもらったと。
とんでもない事になっちゃったな。
息子も私も言葉がなかった。
少ししてオットがきた。
友達が連絡したらしい。
話をして友達は「近いうちくるからね」と帰った。
オットは怒ることはなかったけど「死んだら○○ちゃん(娘の事)どうするの?1人ぼっちになるんだよ。」と言った。
翌日、息子をいじめている仲間の1人の母親を呼び出し話をした。
彼女は謝っていた。
息子は休まず登校していた。
私は常に気にかけていた。
息子の様子や言動、表情など。
たまに息子に直接聞いたりした。
以前より多少は良くなったみたいだった。
たまに息子に直接聞いたりした。
以前より多少は良くなったみたいだった。
それから3週間ほどしてこの前の執行官と一緒に不動産鑑定士がやってきて部屋中のあちこちの写真を撮りまくっていた。
自宅の競売経験された事あります?
すごく細かく写真撮るんですよ。
トイレでも何枚も写真撮るんですよ。
もういいだろ、ってくらい。
息子はリビングから動かずそこで宿題をやり始めた。
執行官の人が「息子さん、大丈夫ですか?」と気にかけてくれた。
私は大丈夫ですと答えたが息子の思いが何となくわかって私はさらに辛かった。
私の子供の頃と同じなんだろうな。
ホントは辛いのに辛くないフリをする息子に私は涙ぐんでしまった。
退去までに次に住むところ探さなくては・・・。
しばらくして競売にかかった自宅を落札した業者が来た。
ゆめじゃない。
ホントに住むとこなくなるんだ。
ここにいられるのもあと3ヶ月。
それから平日はフルで仕事して休日は息子を連れて物件探しに回った。
初めの条件はピアノOKで息子が転校せず越境通学できる範囲内である事だった。
越境通学はいいとしてピアノOKの物件がなかなかなかった。
いじめの事を私に話してから息子は転校していいからピアノの置けるところで探してと言ってきた。
自分の主張しない息子が続けたい!と言ったピアノだから諦めるわけにはいかない。
ここがいい!と思うところもピアノがダメ。
音はサイレント機能を使うとしても重さがダメと言う。
探すこと1ヶ月半
やっと息子も私もピアノもオッケーの物件と出会った。
立ち退きの期限より1ヶ月早く息子が冬休みに入る時に併せて引越しをした。
オットが有給取って手伝ってくれた。
落札した業者に逆恨みしていた私は「引越しする時は必ず言ってね。鍵ももらわないといけないから」と言われた言葉も無視し好奇の目で見ていたマンションの住民から逃げるようにひっそり引越した。
いろんな手続きもあって大変だった。
ピアノは別搬送で無事に入れることができた。
新しい場所で息子も私も新しい生活が始まる。
転入する中学へあいさつに行った。
担任の先生に息子のいないところでいじめの事を話してとにかく見ていてほしいとお願いした。
もーホントに我ながらよくやったと思うほどこの時もハードだった。
引っ越しが終わって数日して落札した業者に連絡した。
退去期日より1ヶ月以上早かった退去と連絡なしの事にびっくりしていた( 笑 )
すぐに元自宅の鍵を取りに来た。
明るい未来に希望を持って購入した家が不幸な思い出がたくさん詰まった家になった。
ここを買って住む人あまり幸せにはなれないだろうね。
私たち家族の苦しみや悲しみの念がのこっているから。
脅すわけじゃないけどホントなんだよ。
こうゆうのって。
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おからを煮ています。
もんじゃを食べている時は
決してゲロの話はしてはいけない。
決してゲロの話は!
右上に新聞紙が見えますね。
木製フォークもそこに登場しています。
サバを焼いていたので試しにパシャリ。
・・・・・・・・
なんなんでしょうね。
私が撮ると美味しいものも美味しく見えない。
全てこの携帯のせい!
と、いう事にしておこう。
じゃまたねーヾ(*´∀`*)ノ