目を開けた時、広がるのは一面の砂浜だった。咄嗟に砂浜だと思ったのは、そもそも砂丘を見たことが無いのと、波の音が聞こえる。ただそれだけの理由にすぎない。
(夢だな)
とりあえず男は内心で断言した。明晰夢というのもあるらしいが、その類だ。なぜなら、少なくとも男が住んでいる場所から海までは徒歩で行ける範囲には無いし――――仮にあったところで、見渡す限りの砂浜――――砂丘ではない。決して――――を男は見たことがない。
「うん、まぁ、夢なんだけどね。正確にはイメージというべきか」
男の肩にのっていたアマガエルが男の心情を汲み取ったかのように男に語りかける。
「イメージ……ねぇ?」
なんとも胡散臭い。もっとも、このアマガエルが胡散臭いことなどとうにわかっていることだが。
「なんのだよ」
当然でた男の問いにアマガエルは「さぁ?」と首をかしげる。その仕草があまりに不気味で、それを肩口でやられた男はアマガエルを掴んでぶん投げたくなる衝動に駆られたが、それは自制した。話が進まないし。
「たぶん……人生のイメージなんだろうなぁ」
「こんな潤いの無い人生なんて嫌すぎるだろ」
なにせ、見渡す限りの砂浜だ。この光景が人生のイメージだとするのなら、あまりに酷い。投げやりなアマガエルの言葉に男は嫌そうに顔をしかめた。
「そうは言うがね、少年」
アマガエル伯爵は言う。
「人生なんてこんなもんだよ」
「カエルにだけは言われたくないな」
ゲコゲコゲコ、と伯爵は鳴いて、それから「まったくだ」と頷いた。
「でも、きっと、そうなんだろうさ。少年。『暇だ暇だ』、『人生なんて楽しくない』『何もやることがない』って言っている人間の見ている世界はこんなもんじゃないのかい?」
そんなことはない。と、男は咄嗟に反論できない。男自身もそこまで身も蓋もない形ではないにせよ、似たようなことを感じている。
「この砂浜には、なんでも埋まっているんだ。あこがれの職業。持ちたい趣味。たくさんのお金、気の置けない友人、好きな異性。
努力して掘りだせば、なんでも手に入る」
「それはちょっと極端じゃないか?」
っていうか、そんなものは砂浜に埋まっていない。100歩譲ってお金くらいだろうか?いや、それもない。
「だから、少年。イメージの話だよ」
元々、光の無い瞳を更に透明にさせてアマガエルは続ける。
「あこがれの職業、格好良い趣味、たくさんのお金、気の置けない友人、好きな異性。まぁ、別になんでも良いよ。そういうものが、努力もなしに手に入るほど、少年のいる人間様の世界は楽なのかい?」
そんなわけはない。言いかけたが、そんなことはアマガエルもわかっているのだろう。男の言葉を待たずに言葉を紡ぐ。
「掘ったものは全部、君のものだ。なんでも好きなだけ掘って持って行くといい。勿論、貴重なものは探すのも大変だし、他の人との奪い合いもあるし、なによりどれほど掘っても見つからないかもしれない」
アマガエルの言葉に、周囲に黒い影が生まれる。或いは地面を掘り返し、或いは何かを掲げ、或いはなにもせずに他の人の様子を眺め、或いはなにもせずに泣き続けている。
「まぁ、これじゃあ人生というよりは社会のイメージだけどね」
黒い影を消して――――アマガエル伯爵が出していたのかはわかりはしないが――――、アマガエルは砂浜に飛び降りる。と、同時に砂浜に埋まりそうになってもがき始めたので、とりあえず再び拾って肩に乗せてやった。
「学校で教えてくれるのはきっとスコップの扱い方なんだろうね。これほど広い砂浜だ。どこを掘っていいか見当もつかない。その上、素手で掘れる量なんてたかが知れてる。
だから、スコップを渡して、その使い方を教えて、少年達が少しでも効率的に宝探しができるように導くんだろうさ。なぁ、少年、見渡す限りが宝の山だなんてワクワクしないかい?」
「まさか」
男は肩をすくめた。見渡す限り、どこでも、どこまでも掘って良いだなんて、「自由」の意味をはき違えているにも程がある。どこになにがあるかもわからない上に、範囲も膨大。しかも、掘って何かが見つかる保証もない。そんなものはただの苦行だし、拷問だ。
「うん、そういう風に思ってしまうんだろうね」
アマガエル伯爵には言わずとも伝わるのか――――ここが夢だからだろうか――――、その表情はどこか悲しげだ。勿論、両生類の表情なんてわからないが。
「それでも、掘らなかったら一面常に砂浜だ。無味乾燥の砂の世界。潤いの無い渇いた茫洋。不安にならない方がおかしいと俺も思うよ。それでも、