今、衆議院選挙が騒がしい。
公示まで、あと5日と迫りメディアが様々な特集を組んでいる。

郵政民営化法案が参議院で否決され
ちまたでは「郵政民営化解散」と呼ばれているが、
小泉首相は判断を国民に問うことにしたのである。
これで、郵政民営化法案に賛成する議員が3分の2以上になれば、
法案を衆議院に再提出、再可決が可能となる。

しかし、小泉首相の思惑通りいかなかった場合はどうなるのか?

仮に、自民党議員の数が激減し
民主党が与党を奪取した場合はどうなるのだろう?

衆議院では民主、参議院では自民が与党という
ねじれ現象が発生する。
こうなったら郵政民営化どころではない。
予算等の問題は「衆議院の優越」があるので大丈夫だが、
それ以外の法案はまったく両院を通過する可能性が少ない。
今後、年金問題もあるというのに大丈夫なのか!?

この先、日本はどうなるのか?
様々な疑問が脳裏に浮かぶ。

自分達の年代は今後、税金をたくさん納めなければいけない世代。
新党のネーミングがダサイとか、堀江社長もまた派手なことをやるなあ、
なんて考えている自分に少し危機感を覚えた。
勉強しなければ!
最近、「恋愛適齢期」というタイトルの映画を観た。
なんだか、少し心があたたまる感じがした。

ストーリーを簡単に説明すると、
中年というより、もうおじいさんってな感じの男がいて、
いつも自分よりもひとまわり以上若い女性と付き合っていたのだが、
しかしある時、若い彼女の母親と恋に落ちてしまう…。

普段、あまり洋画の恋愛映画を見ないのだが
この作品は、非常におもしろかった。

なんだか日本人の自分にとって、いわゆる洋画の恋愛映画はおもしろみに欠けるような気がする
まず感情移入ができないし、共感できない部分がたくさんある
文化の違いが大きいかもしれないが、
それより以前に、出てくる男は背が高くダンディで筋肉質、
女はセクシー美女というのがありえない。
現実味がなさすぎるのである。

スクリーンの中の美女のハートを掴めても
スクリーンの前の観客のハートをつかめるのか!
ってつっこみたくなる。

その点、邦画「世界の中心で愛を叫ぶ」はよかった。
主役が普通でなんだか田舎くさいのである。
自分と重ね合わせて映画を楽しんで下さいと言わんばかりである。

やはり最近は親近感のあるほうが、売れる気がする。

戦後、日本人はアメリカに憧れて、たくさんの文化を取り入れてきた。
それは、自分の世界にはない、憧れの世界。
いつかはそんな生活をしてみたい!
そういった願望を叶えてくれるのが映画であったのではないかと思う。

しかし、現代は違う。
国際社会になった今、現実味のないリアルは受け入れにくくなってきた。
今は、皆が癒しを求めている時代。
身近なリアルこそが癒しを誘うのである。

最近は、方言丸出しの地方出身者アイドルが売れると聞く。
普通のアイドルと違って、純で親近感があるのが人気の理由だそうだ。

萌えている人達も、身近なリアルを求めているのである。
私は建築事務所でバイトをしている
バイトといっても単に雑用をするのではない、
自分のデスクもあるし、与えられたPCもある。
学生という身分でありながら、責任の重い仕事している。

しかし、自分はまだ学生で専門家として働いている先輩方に比べて
経験も知識も乏しいせいか、迷惑をかけることも多々ある。
本当に申し訳ないなあと思うのだが、
そもそも自分自身の技術力のなさだけが
迷惑をかけてしまう要因ではないと、ふと思った

仕事を頼まれる際、自分はよく言っている言葉がある
「たぶん~できます」
「無理ではないです」
なんだか頼りない言葉である。
できないことはないけれど、できる自信はあって、できる確信はない
なんだかあやふやな感じである。
そもそも、これが一番迷惑をかけてしまう原因だろうと思う。

自分は学生で、成長段階。
せっかくのチャンス(=仕事)を与えてもらっているのに断ると次はないかもしれない。
今後、成長する機会を失ってしまうかもしれない。
そんな恐怖心がある。

しかし、これがいけない。
特に、建築業界は期限には厳しい。1日でも遅れれば100のものが0になる可能性だってある。

今日、ある先輩が電話で取引先と電話をしていた
「新しい仕事はありがたいのですが、今ほかの仕事で手一杯なのでお受けすることができません。
 できると言った手前、できなかった時のほうが御社にご迷惑をおかけしてしまうので…」

ああ、自分に欠けているのはこれだと思った。

その先輩は社内の中でも、1、2を争うほど仕事が早く有能な人だ。
端から見れば、少し無理をすればその仕事もこなせるのではないかと思った。
しかし、その先輩は違う。
自分の力量を見極め、できる仕事とできない仕事を明確に分けている。
できる時は、最良の方法で最短の仕事をするし、
できない時は、きっぱりとできませんと素直に言える。

それこそが、その先輩がまわりの人から信頼されている理由だと思う。
逆に言えば、その先輩に仕事を任せれば、後は安心してみていられるからだ。

やはり信頼性とは
「あの人に任せれば大丈夫だ」
「あの人と仕事がしたい」
といった安心感から生まれるものだと思う

まわりからの信頼感が高まれば
おのずとチャンスは巡ってくるものなのである

この世の人間を分割するとしたら


男性と女性がある。


それ以外でも、日本人の中で一般的に言われるのが


理系と文系。




「僕は理系だから~ない」


なんて言葉をよく耳にする。理系だから政治を知らない


理系は開発・研究をして功績をあげることが最大の成功だ。


はたしてそれでいいのだろうかと最近よく考える




自分は昔から、どうすれば成功者になれるか安易な気持ちで考えていた


理系に進んだのも、ただ単に国語が苦手で数学が得意ということで選択した


理系=技術者になる=ほかの人にはまねできないことをする=成功と考えていた




しかし、ある時自分は理系を選択してよかったのかと思うようになった


それは大学に進学をして世間を広い視野で見るようになった時である




理系出身の技術者達はどんなに血のにじむような努力をしても


そこで発見された技術や製品などの恩恵を受けるのは


法学部や経済学部出身の文系の人々である。(ノーベル賞や特許を取得している技術者は別だが…)


実際、世間一般的にみて成功者だと思われている職種は政治家や企業の社長で、


そのほとんどが文系出身である。




それを知った時、自分は理系を選んだ時点で


成功というレールから外れてしまったのではないかという不安に陥った。




しかし、よくよく考えてみると、理系出身の管理職が少ないのは


理系出身者自身にも問題があるのではないかと考えるようになった。




理系の人々は視野が狭いのである。


自分も現在、大学で建築を学んでいるが、普段まわりにいるのは建築学科の連中


だけで、ほかの分野の人とまったくコミュニケーションをとる機会がない。


普段の会話を聞いていても建築の話ばかりだ。


自分の専門性を高めるためには、とても良い環境だと思うが、


総合力を高めるうえでは、あまりいい環境だとは言い難い。


そういった、狭い世界の中で満足を得ていると、


最終的には経験と総合的な知恵をもっている文系出身者に使われるのが関の山だろう。




私は、理系出身者はもっと管理職に就きトップマネジメントをやっていくべきだと思う。


理系には物事を感覚ではなく科学的な根拠をもって包括的にとらえる能力が備わっていると思う、


しかも理系は技術職出身者が多い、いわゆる現場出身である。


現場をよく理解しているということは、会社の方向性、やるべきことなどを細かく理解してのである。


それは文系出身者にはない強みだと考えている。




今後、理系出身者が社会から隔離された狭い分野で満足を得ていてはいけない


もっと総合力、マネジメント力をつけて人を動かす術を学んでいくべきだと思う

初めてブログというものに手を出してみた
ブログの存在は前々から知っていたが、始めるきっかけがつかめなかった
今日、自分自身の23歳の誕生日ということもあって
何か新しいことに挑戦する意味で始めてみようと思う

そもそも、自分には日記というものを書いたことがなく
誰宛でもない文章を書くのは意外にも難しいのだなあと感じている
このアメーバブログを選んだのは意外に単純で
最近、サイバーエージェント社長・藤田晋著「渋谷で働く社長の告白」を読んだからである

まあ、きっかけが何にせよ、この本に出会い、藤田社長のブログを読み、23歳の誕生日。
昔から自分は、人・モノとの出会いには何か意味があるものだと感じながら生きてきた。
そんな中、アメーバブログを始めてみるのも悪くないと思う。

今後、何を書いていいやら、よくわからないし、ブログのシステムも理解していないが、
徐々に慣れていこうと思っている。

とりあえず、題名にもあるように「新たなる希望」を日々発見していきたい。