寝ても覚めても…同じ顔ばかりが浮かぶ。
あの日からずっと…
広すぎる部屋が寒々しい。
夜遅くにベッドに入り込んでも結局、夢に誘われる事もなく。
初めて彼女に出会った日を四角い天井を見つめながら思い出していた。
昼間偶然に出会った女は堅苦しく誰かを叱咤していた。
それが探していたその人物だと知った時は不思議な感覚だった。
父親の命令で探していたのは兄を籠絡させた女。
あの完璧な兄を虜にした悪女には見えなかった。
単純に探偵の報告ミスで人違いではないかと思う程彼女は社内の群衆にいても目立つ事はなかった。
ただ、同期入社の秘書課の同僚や新入社員で幼馴染のカナに投げつける厳しい言葉の端々にどこか温かさが感じられた。
数時間の後会社からの帰路でよもや兄と揉める女を目にするとは思いもしなかったが、やはり探していた人物だと何故か残念にもなった。
少し脅すつもりで、それから兄から遠ざけるつもりで…無理に車に乗せた。
彼女はとても怒って、そして不安がっていた。
突然風のように現れて、そして拐った僕を非難するように見ていた。
表向き、不審者に絡まれる社員を救出した脚本も見透かされたようで笑えた。
彼女は近付かないように距離を取り警戒の言葉を投げつける。
男にそれは通用しないのに。
バカな女だと心の中で嘲笑した。
こんな煩い唇は塞いでしまうに限る。そういう答えに行き着くのに、、騒ぐのは逆効果というか、いや、もしかして煽ってるのか?
「さっきの男から救ってやったのに?」
余りにも全身でする拒否に自尊心が傷ついたのか言うつもりもないセリフが口から出てくる。
「もしかしてさっきの男は知り合い?」
本当はそんなの分かっていてわざと聞いた。男は確かに血の半分繋がった兄だ。その兄の事をどう説明するのかも気になった。
「好きな…人です」
その一言が胸に何故か妙に突き刺さった。
「へぇ、、好きな人……はっきりしてるんだな。面白い」
強がりを言っている自分にも疑問だった。
そして瞬時に何とも思わぬフリをした。平然として見せたのは今思えばあの時既に兄に対しての嫉妬が湧き出ていたのだろう。
嫉妬が湧き上がるほど…彼女を特別な目で見ていたのかもしれない。それとも兄への対抗心か。
窓の向こうに流れる景色を見ていた。
抵抗し拒否感露わにする彼女を見たくはなかった。
それでも尚も食い下がるように対抗してくる。
「………私に提案って…何ですか?」
「そんなに答えを急がなくたっていい。夜は長いんだし…」
そう答えた頃にはスッカリ最初の脅して兄から遠ざける計画は頭から退散していた。それどころか、その最終的な目的の為にも彼女を我が物にすれば片がつくとさえ思っていた。
車が止まり2人を降ろした後もその場所からテコでも離れない女に些か苛立ちが込み上げる。
「提案ってなんですか?」
睨みつける瞳は黒目がちで、長い睫毛を瞬かせた。
吸い込まれそうな強い目に魅入られたようにその瞳から目が離せなかった。
「結婚しないか?」
思わず出た言葉に彼女以上に自分自身驚いた。
「いや、、付き合うだけでも良い…少し調べたが君の家はあまり裕福じゃない。沢山いる弟妹のために仕送りをしたり…君にとってこの交際はメリットばかりだと思うけど?」
かなり不躾で失礼極まりない言葉だった。
彼女は明らかに軽蔑したように強い口調で答えた。
「初対面で…結婚?人の家庭を勝手に調べて何を考えてるんですか?付き合うなんてもっと無理ですごめんなさい」
律儀に深々と嫌味なまでに頭を下げた。
「……断られるのって慣れてないから受け付けられない。。悪いけど…」
恐らく自尊心がまるで跡形もなく潰されたようで半ば腹が立っていた。
僅かに怯えた様子でやめてほしいと懇願しながら両手で顔を隠した。
その行動全てが男の闘争心に火を付けるのに、彼女の精一杯の警戒心に牙を剥いた。
「…目…閉じろよ」
顔を覆った両手は易々と組み伏せられた。
彼女の恐怖の瞳に映る自分が恐ろしい獣に見え、更に気持ちが高揚する。
唇さえ塞いで彼女を味わえば少しは昂ぶった気持ちも抑えられるかもしれぬと、荒々しい感情に支配されていた。
あと数ミリ、ほんの紙一重で柔らかで甘い弾力に到達する瞬間だった。
「そこまでにしろ!修二…」
振り向くと、怒りに満ちた兄稜一が立っていた。
あの日初めて兄の怒りの感情が自分に向けらた事に動揺した事を覚えている。
何かにつけて女は兄に向かって正論と、時に限りのない優しさで包んでいる。
それにはやたらと嫉妬が湧いた。あの視線を独占したい。そんな気持ちを抑え平然として見せた。
カナの人生を考えろと言われた時、思わず謝罪の言葉が出た程、どこか彼女に魅了されていた。
役員改変の発表の日、早くに出たのには一目…確かめたかったのもあるかも知れない。
ただ、上層部の慌ただしさに、尋常ではない非常事態が起きた事は理解した。
「稜一はまだか?…それから商品開発の西山 旋を呼べ…」
何気なく耳に聞こえた言葉に驚いた。
「ちょ、、商品開発の西山 旋…って…」
「なんだ?修二。知っているのか?」
父親との久々の会話がこんな話だ。
「いや、、知ってるも何も…あ、いや…その西山めぐるが何か?」
「あぁ、お前も社長代理として此処にいるんだ、もう耳に入れてもいいだろう。。」
「……」
「杉原が不正をしていた。会社にとって不利益な…秘書課の伊東結衣が共犯な様だ…そして商品開発の大事な情報も他社に流れていた…他社から金品を受けていた。。秘書課の伊東結衣を追求したら商品開発の西山めぐるの名前が出てきた…関連があるかの事情を…」
「いや、それは!それは無い…」
「修二?」
「あ、いや…しかし…何故そんな話が…」
「あぁ、杉原の息子から内部告発だ…父親を止めたかったんだろう」
「だったら!余計に西山はありません、、彼女は杉原の息子の婚約者でしたから…」
「…おい、修二なんでそんな事を?もしかして…」
そう父親に告げながら…漠然と杉原一馬が婚約解消したからくりに気付いてしまった。
恐らく…件の男は恋人を守りたかったのだろう…だからこそうまい機会を使って手を離したのではないか。。
頭の中で合点がいくと味わった事のない敗北感に一気に飲み込まれた。あの兄でも太刀打ち出来ないかも知れない。
いてもたっても居られず会議室前のフロアを歩き回った。頼りの兄も携帯の電源は切っていた。
苛立ちがピークに達した頃、エレベーターが開く。兄とカナも確かに目の前に存在していたがそれよりも父親である社長からの呼び出しでやってきた彼女を見つけた瞬間、心が強く震えたのを確信した。守りたい衝動は腹の底から湧き上がるものだと初めて知った。
「シュウちゃん!」
カナがこの物々しい空気を壊しそうな声を出す。
「あ、、あの兄さん…ちょっと…」
彼女に駆け寄りたい衝動を押さえ込み、兄に事情を説明し意見を求めた。
その間に彼女は会議室に消えていった。
「兄さん…、、どうにかしないと…大変だ。。絶対罠だ…伊東結衣と杉原副社長の罠だ…彼女は何も知らない…」
「……分かった…とにかく俺が行くから…お前たちはここで待て」
兄の言葉に反発を覚えた。
「え!なんで?私も行く!」
「カナは関係ないだろ?」
「お前も関係ないだろ?!」
揉めながら会議室の扉を開けた。
彼女は驚いたが兄を見つけ直ぐに安心した表情を向けた。
兄に向けるそれを見ては心が痛む。
元恋人にも兄にも到底太刀打ちできないのを彼女の視線で十分に理解できた。
何しろただの一度もその視界に入れてくれはしなかった。
事は思いもよらぬ方向へ進んでいった。
彼女の元恋人杉原一馬は命を賭して彼女を愛し抜いた。
「修二おまえ…もしかしてめぐを本気で。」
会議室からいそぎ消える彼女を見送った直後、振り返りざまに兄に確信を突かれた。
「え?…何…」
「………いや、、なんでも…」
2年ぶりに帰国した3人に会える。
カナからの強制的な集合DMに
「何が集合だよ突然に…」
愚痴りながらも仕事を大急ぎで片付ける。
「久々だから嬉しいでしょー!」
カナは2人より一足先に帰国して人の仕事を邪魔する。
「お前なぁ、せっかく勉強の為について行った鬼上司に怒られるぞそんなんじゃ」
「鬼上司…本人に言ってみなさいよ!」
「大体な、おれは一番の上司…いや名目は副社長でもな!そんなお前に呼び出されるなんてなぁ!」
「まあまあ、落ち着いて。海外で学んで帰ってくる兄達を迎えなさいよ」
「で……めぐさん…」
「うん。一時期は精神的に大変だったみたいで…妊娠中って情緒不安定になるから。でも、リョウちゃんがなんか傍にいて正解かも。あのままだったら大変だったよ。アメリカっていう国もなんだか合ってたみたい。誰に指さされる事もないし、子連れで仕事もできるし。」
「ああ、そうか…なら良かったよ…で?赤ちゃんはどっちだったんだ?」
「え?聞いてないの?」
「いやぁ、テレビ電話もさどっちか分からないくらい可愛いからさ。今更聞けなくて…」
「後で聞けば?どうせ会えるじゃん。あとさ、私もう良い人いるから!待ってたならごめんね!」
「は?良い人?てか別にカナとか狙ってないし」
「あ、そっか…狙ってた人鬼上司だもんね私の」
「うるせーよ」
後数時間で会えるという喜びと、まだ会いたくない気持ちが混戦していた。
杉原一馬という絶対超えられない男に挑む兄になど立ち向かえるはずもない。
ただただあの人が幸せで、笑ってさえいてくれたらそれで良いとは思う。
時々多分胸は痛むけど、それも心地よいと思えるだろう。
たった一夜、乾いた心に咲いた月下美人
甘い香りを仄かに今も僕を苦しめる。
流石に月下美人は無くてさー。
久々にadore you書きましたがこれは修二の初恋話です。
恋に落ちるのは一瞬で頭で否定しても心はもう落ちている。一夜にしか咲かない月下美人の様な恋心でしたね。
また修正かけるかもわかりまへん。
desert peacockって言葉はありまへん。完全私言葉。薔薇よりも桜よりも私はこの世で一番美しいと思うのは砂漠に咲いたサボテンの花。あの過酷な状況下でよくぞあんな美しい花咲かせるなぁと。中でも大好きな孔雀サボテン。修二はなんとなくそんなイメージです。
乾いた心に一滴の水。それだけで美しい花が咲かせられる程純粋に生きてきた子です。
当時の修二のモデルはハンビンでした!