PITY ある不幸な男

 

「籠の中の乙女」「ロブスター」などヨルゴス・ランティモス作品の脚本で注目を集めるエフティミス・フィリップが脚本を手掛け、これが長編2作目となるギリシャの新鋭バビス・マクリディスが共同脚本と監督を務めた不条理ドラマ。

 

 

 

 

 

 

          -  OIKTOS/PITY  -    監督 バビス・マクリディス

 

  出演 ヤニス・ドラコプロス、エビ・サウリドウ、マキス・パパディミトリウ 他

 

 こちらは2018年制作の ギリシャ  ポーランド  の合作映画です(99分)

                                                               

 

 

 

 

  ティーンエイジャーの一人息子と小綺麗な家に暮らし、健康で礼儀正しく、概ね身だしなみもいい一見何不自由ない弁護士の男。しかし、彼の妻は不慮の事故により昏睡状態に陥っていた。

 

 

 

 

その日常は妻を想ってベッドの隅で咽び泣き、取り乱すことから始まる男の一日。彼の境遇を知り、毎朝ケーキを差し入れる隣人、割引をするクリーニング屋、気持ちに寄り添う秘書など、同情心から親切になる周囲の人々。

 

 

 

 

この出来事がもたらした悲しみは、いつしか彼の心の支えとなり、次第に依存してゆく。そんなある日、奇跡的に妻が目を覚まし、悲しみに暮れる日々に変化が訪れる。やがて楽園を失った男は自分自身を見失い、暴走していく、、。

 

 

 

 

こちらでもご紹介した「籠の中の乙女」や「ロブスター」等のヨルゴス・ランティモス作品の脚本家が書いたお話というだけあり、物語自体は淡々と進みますが、そこには普通にみえる日常に潜んでいた主人公の歪んだ欲望が日ごと逸脱していく様が描かれています。

 

 

 

 

その弁護士の男は高級なアパートに暮らし何不自由ない暮らしをしています。 しかし今は幼い息子との二人暮らしで、朝起きればベッドの隅に腰を下ろしてむせび泣く事から一日が始まります。 彼の妻は事故によって昏睡状態となり、病院の集中治療室にいるのでした。

 

 

 

 

そんな不幸な彼を哀れみ優しく接してくれる友人達、階下の女性は度々手作りケーキを持参して労いの言葉をかけてくれるし、行きつけのクリーニング店の主人も妻の様子を訪ねては同情してくれる。 あれ?退屈だった毎日がなんか心地よく感じるこの頃、、。

 

 

 

 

いつの間にか妻の病状よりも、そんな不幸にあった自分に周りが気遣ってくれているこの感じ、辛い自分を皆が哀れんでくれているこの空気感に、いつの間にか喜びと快感を感じている自分。 ずっと特別な目で見られている不幸なこの生活がつづけばいいのに。

 

 

 

 

そう思っていた矢先、突然妻が意識を取り戻して自宅へ帰って来ます。 悲劇の夫から普通の夫に戻ってしまった男。 こんなはずじゃなかったのに、、。 まだ妻の病状を知らないクリーニング店主には不幸を演じつづけもう来ない同情のケーキを強要する男

 

 

 

 

でもそれもバレ、あの快感の日々を取り戻そうとした男はペットのわんこクッキーを犠牲にしようと決断し、クルーザーで海上に放置!  大事な犬が居なくなったと父に告げると「賢いからきっと戻ってくる、戻らなければ新しいのを飼えばいい」と言われるだけ。 あぁ犬くらいじゃ同情してもらえないんだと落胆する男。

 

 

 

 

弁護の依頼人の不幸を自分の事のように憑依させ、行く必要が無くなった病院で架空の昏睡状態の妻の話を他人に告白する男。 哀れんでほしい、同情してほしい、悲劇の夫、あぁあの優しい空気に浸りたい、でももう時間は戻らない、、。 そうか、良い考えが浮かんだ!もう戻らないなら、そう、作ればいいんだ、そうすれば再び、、。

 

 

 

 

そうお察しのとうり自分の居場所、生きている実感をまた味わう為に男の狂気に満ちた暴走が始まってしまう事になるというお話です。 これを淡々とした日常描写でじわじわと描いていく本作。 これまでの日常で味わう事が出来なかった安らぎと心地よさが、妻の不幸によってたまたま手に入れてしまった男の悲劇的な幸せな末路話。

 

 

 

 

幼い頃、熱を出したりして病気になるといつも忙しい母親が急に優しくなって自分だけの食事を作ってくれたり、水枕を用意してくれたりした時の、申し訳ないんだけどちょっと嬉しくて優しさに触れたような気持ちに通じる所があって、誰しも少なからず共感してしまう日常の微妙な狂気を突いた作品です。

 

 

 

 

代理ミュンヒハウゼン症候群ともいえる男の行動ですが、それを越えてワンちゃんのクッキーを海に置いてきぼりにする非道さにはかなりの胸糞で、ケーキを催促する場面や真剣に催涙ガスで出なくなった涙を出そうとするシーンに至っては、もう主人公の男が完全に感情の外の世界へ行ってしまっており、スリラーを越えてブラックなコメディにも見える不気味なドライさがあります。

 

 

 

 

現実世界では得られなかった不幸の中のやすらぎを手にしてしまった無感情な男の悲劇と狂気。 コミュニケーションの弊害や、愛情の渇望が歪みに歪んで行きついた先の男の行動に人間の欲望の闇深さを感じます。

 

 

 

 

胸糞と思ったラスト、あのクッキーちゃんが海から、、!というエンディングに胸を撫で下ろした私でありました。 人間の繊細な感情の隙間をほじったような不思議なドラマとなっていますので、機会がありましたらご覧になってみて下さいませ、です。

 

では、また次回ですよ~! パー