昭和23年に帝国銀行で起きた毒物殺人事件をドキュメンタリータッチで描き、

 

事件の謎とジャーナリズムの姿に迫った社会派サスペンス

 

 

 

 

 

 

            -  帝銀事件 死刑囚  -       監督 脚本 熊井啓

 

 出演 信 欣三 、高野由美、庄司永建、内藤武敏、柳川慶子、井上昭文 他

 

こちらは1964年制作の 日本映画 日本 です。(108分)

 

 

 

 

 

 

  昭和23年1月26日の午後3時すぎ、豊島区の帝国銀行椎名町支店に、中肉中背の中年の男が訪れた。 男は東京都衛生課、厚生省医学博士の名刺を出し、赤痢の予防薬と称して、進駐軍の命により予防薬を行員、家族16名に飲ませた。ピペットで白濁の液を茶碗に分ける手つきは、職業的な鮮かさであったが、数分後、その液を飲んだ行員は、苦悶の絶叫とともに、血を吐いて倒れていった。 

 

 

 

 

 

 

犯人は、現金、証券18万円を奪って逃走した。 警察、新聞、国民の眼は一斉に活動を始めた。昭和新報の敏腕記者、大野木、笠原、武井らも動き始めた。被害者のうち12名が死亡していた。 毒物の捜査班は、犯人の使った青酸性化合物が、終戦直前、七三一部隊で極秘裡につくられた毒物と知った。 武井は七三一の生き残り将校佐伯に会い、毒物について、追求したが、佐伯は語ろうとしなかった。

 

 

 

 

 

 

デスクの大野木は、その直前GHQのバートン主席から、七三一部隊を追求するのをやめるよう注文された。 一方国木田警部補ら名刺捜査班は、名刺の所有者である、モンタージュ写真に似た画家 平沢貞通を逮捕した。 事件直後、かなりな金を預金していたのだが、、。

 

 

 

 

 

 

多くの方は事件の名前を一度は耳にした事があると思われる「帝銀事件」。 実録物好きな私としては少し前からこの作品を探していましたがなかなか見つからなくて諦めていたのですが、最近になって配信にこの映画が追加されるという奇跡が起こり念願かなってやっと観る事が出来ました。

 

 

 

 

 

 

熊井啓監督のデビュー作でもある本作ですが、こちらでは 「海と毒薬」 「海は見ていた」 をご紹介しています。 実話を基にした社会派の作品を多く手掛けている監督さんで、この当時既に帝銀事件の犯人は平沢貞通ではなく彼以外の別の人物であるという意見が多くあったものの、この裁判は冤罪だという確固たる視点で描いている所に映画監督だけにに留まらない作家性が見えます。

 

 

 

 

 

 

 

1948年(昭和23年)1月26日に東京都豊島区長崎の帝国銀行(後の三井銀行。現在の三井住友銀行)椎名町支店に現れた男が行員らを騙して12名を毒殺し、現金16万4410円と小切手を奪った銀行強盗殺人事件を、架空の新聞社の視点から事件の発生、容疑者の逮捕から裁判の判決までをセミドキュメンタリーの手法で描いた作品です。

 

 

 

 

 

 

そもそもこの事件を知ったのはあの津山事件同様、横溝正史の金田一シリーズ 「悪魔が来りて笛を吹く」 の中でこの事件が取り上げられていた事で興味を持ち、その犯行の手口と、容疑者となって逮捕された平沢貞通の不条理な裁判の内容を知った事で、よりこの事件の特異性とその闇の部分に興味が湧きました。

 

 

 

 

 

 

閉店直後の帝国銀行椎名町支店に東京都防疫班の白腕章を着用した中年男性が、厚生省技官の名刺を差し出して、「近くの家で集団赤痢が発生した。GHQが行内を消毒する前に予防薬を飲んでもらいたい」、「感染者の1人がこの銀行に来ている」と偽り、行員と用務員一家の合計16人(8歳から49歳)に青酸化合物を飲ませます。 

 

 

 

 

 

 

全員に飲ませることができるよう遅効性の薬品を使用した上で、手本として自分が最初に飲み、さらには「歯の琺瑯質を痛めるから舌を出して飲むように」などと伝えて確実に嚥下させたり、第1薬と第2薬の2回に分けて飲ませたりと、巧みな手口で犯行に及んでいます。 これにより12名が死亡し、 生き残った4人のうち一人の女性店員が店外へ出て助けを呼んだ事で事件が発覚します。

 

 

 

 

 

 

これにより警察が捜査へ乗り出すと同時に新聞社も独自の取材を始める事になり、犯人が使用した名刺、この事件が初となるモンタージュ、盗まれた小切手を手掛かりに捜査を開始しますが、遺体から青酸化合物が検出された事で、その扱いに熟知した陸軍中野学校の関係者や旧陸軍731部隊関係者を中心に捜査が行われてる事になります。

 

 

 

 

 

 

 

しかし捜査は急転直下の展開をむかえ、名刺を追っていた班によって平沢貞通が容疑者として逮捕されます。 使用された人物と名刺交換したにも関わらず不振な理由で名刺を紛失している事、モンタージュに類似していた事等。 捜査本部も新聞社も当初は本丸とは考えておらず、直ぐに釈放になると予想していましたが、あまりに不審な点が多くあった事が災いとなり、平沢貞通が犯人という方向に舵が切られてしまう事になります。

 

 

 

 

 

 

警察が彼を犯人に仕立て上げるには状況が揃いすぎていました。 事件直後に被害総額とほぼ同額を預金していたが、その出所を明らかにできなかった事、当日のアリバイを証明出来なかった事、過去に銀行で詐欺事件を起こしている事、事件直後に逃避行のような行動をしている事、銀行員による面通しや筆跡鑑定が犯人に類似している事など、、

 

 

 

 

 

 

その為、捜査は平沢貞通を犯人と断定した上で長時間の取り調べが行われる事になり当時の主流だった自白をさせる事だけに集約していきます。 拷問に近い取り調べで普通でない精神状態の上、更に平沢には不利な状況がありました。 以前から虚言癖であった上、狂犬病の予防注射で昏睡状態になりその副作用でコルサコフ症候群にかかってしまっていたのです。この病の特徴として、作り話でつじつまを合わせようとする、過去の記憶と妄想の区別がつかないという症状です。

 

 

 

 

 

 

この平沢の精神的な状態と身の回りの状況、それに加えて捜査本部へのGHQの介入や、731部隊関係の捜査追及を快く思っていなかった陸軍関係者からの圧力、そして容疑者として逮捕してしまった警察の面子といった様々な要因を、彼一人に背負わせる事で全て丸く収まる絶好の人物、平沢貞通が帝銀事件の犯人というシナリオが出来上がってしまったのです。

 

 

 

 

 

 

当然裁判では無罪を主張しますが聞き入れられず死刑が確定する事となります。 死刑囚として収監された後も無罪を主張し訴えつづけましたが願いは叶わず、1987年 (昭和62年) に95歳で獄死します。 毎日今日が死刑執行かと思いながら刑務官の足音が通り過ぎるのを待つという恐怖を39年間過ごした平沢貞通。

 

 

 

 

 

 

映画の中でも描かれていますが、彼の実家に野次馬が押し寄せ投石したり罵倒を浴びせたりという嫌がらせが連日起こり、世間の迫害を逃れるため、それぞれ平沢姓を捨て素性を隠して生きることを余儀なくされています。 それでも家族は助け合い獄中の平沢にも現金を送りつづけていたそうです。

 

 

 

 

 

 

映画の後半で事件を追った記者が 「世論については自分たちにも責任がある、ジャーナリズムが黒と言えば大衆はそれを鵜呑みにしてしまう 戦争中と全く同じだ その世論の暗示が裁判に大きく影響した」 と語る場面もあり、ネット社会になった現代でも起きている偏った偏見や差別、盲目になった大衆の恐ろしさに言及しています。

 

 

 

 

 

 

この映画を鑑賞して、改めて事件の概要を見ましたが謎は深まるばかりのこの事件。本当の目的は何だったのか、毒物はいったい何だったのか、2液を使った手口が731部隊そのままだった謎や彼の持っていたお金の出どころを語らなかった理由等、不可思議な事だらけの事件で、本当に平沢貞通が犯人なのか、それとも彼以外の人物が起こしたものなのか、どれをとっても不可解な謎が残る事件です。

 

 

 

 

 

 

そういった目で見ると現在でも冤罪によって逮捕、収監されているではないか?と思えてしまう事件もいくつかあるのが怖い所です。 同じように毒物を使ったあの事件等、マスコミによって加筆されたものを鵜呑みにしてしまってはいないか、もしそれが冤罪だったら、自分がそれに加担しているのでは?と疑問を持つ事の重要性に気づかされます。

 

 

 

 

 

 

ただこちらの映画、セミドキュメンタリーとして観ても楽しめる作品ですが、昭和をリアルタイムで生きて来た人には別の楽しみ方も出来る作品です。 昭和のドラマや映画で数多く脇役として出演されている、名前は分からないけれど顔は知っているという面々がこれでもかという位に登場されていて、驚きます。 

 

 

 

 

 

 

その中でも幼いころからもう既にオジサン俳優で、本作でもオジサンの内藤武敏がラブストーリーを演じている場面はなかなかのインパクトがありました。 私には 「獄門島」 で座敷牢に閉じ込められている与三松伯父さんのイメージが強かったもので、、そんな方々をじっくり味わえる映画でもあります。

 

 

 

 

 

 

当時の自供至上主義の警察の在り方や裁判制度の矛盾、人が人を裁く恐ろしさと人の人生を奪ってしまう冤罪の惨たらしさとメディアの責任に強い憤りのメッセージが込められた本作。 この映画以外にも様々な動画や詳しい文献が見れますので興味がありましたら他もご覧になってみてはいかがでしょうか、です。

 

 

では、また次回ですよ~! パー