江戸・深川の岡場所を舞台に、遊女たちの逞しくも哀しい生き様を描く、山本周五郎の複数の小説を原作にした黒澤明の遺稿を映画化した人間ドラマ

 

 

 

 

 

 

  -  海は見ていた  -  監督 熊井啓  脚本 黒澤明  原作 山本周五郎

 

 出演 清水美砂、遠野凪子、永瀬正敏、吉岡秀隆、つみきみほ、河合美智子 他

 

こちらは2002年制作の 日本映画 日本 です。(119分)

 

 

 

 

  江戸・深川の岡場所(幕府公認の女郎屋を集めた遊廓の吉原に対して、それ以外の、非公認の私娼屋が集まった遊郭)にある日、一人の若侍の房之助が逃げ込んで来ます。房之助が言うには刃傷沙汰を起し追っ手に追われているというのです。 怯えたその姿に同情した娼婦のお新は自らの居室に房之助をかくまい助けてあげます。 翌日、房之助は再び葦の屋を訪れて礼を述べます。 房之助は刃傷沙汰のせいで勘当され、叔父の家で厄介になって いると言います。お新は房之助に好意を抱きますが、姉貴分の菊乃から「お客に惚れてはいけない」と忠告を受けます。

 

 

 

 

その事をきっかけに、その後も何かとお新の元に通う房之助。 お新は身分の違いから何かと理由を付けて会わずに追い返しますが、房之助も通い続け 「この商売を辞めれば、いずれ身体は キレイになる」 と告げます。 そんな侍の態度に将来を夢見たお新と仲間の娼婦達でしたが、ある日立派な恰好をして葦の屋に房之助が現われます。「皆に祝福してもらいたい」と言ってお新達に話を始めます。 「勘当が解け、許婚との婚礼が決まった」と告げます。 それを 聞いたお新はショックを受け、娼婦達は怒り出します。 房之助は、皆が自分とお新の結婚を信じていたと聞かされて驚きます。 彼には全くそんな気は無く、お新といると楽しくて身の辛さを忘れられるから通っていただけだったのでした。 うぶなお新は打ちひしがれ、しばらく寝込んでしまいます、、。

 

 

 

 

やがて仕事に復帰したお新の前に、良介という客が現われます。 貧困ゆえに過酷な人生を歩んできた町人の良介に、いつしか惹かれるお新。 一方、女将から店を任された菊乃はヒモでヤクザの銀次から、身売りの話を持ちかけられていました。 男の勝手な話に激しく抵抗する菊乃は自分の悲しい身の上に泣き崩れるのでした。

 

 

 

 

そんなある日、豪雨が岡場所を襲います。 川は氾濫し、瞬く間に家屋の浸水が始まります。 葦の屋に留まり店を守ろうとする菊乃とお新の前に銀次が現われ、葦の屋の金を 持って一緒に逃げようと誘います。 菊乃は拒絶し、金を渡すよう要求しますが銀次は暴れ出します。そこに居合わせた良介は止めようとして銀次と激しく揉み合い、遂には殺してしまいます。 将来を約束するお新と良介の身を案じた菊乃は 「ほとぼりが冷めるまで姿を消せ」 と促し、良介を逃がします。 葦の屋に残った菊乃とお新は、水位が増す中で逃げ場を失い、屋根の上へ避難します。 雨は激しさを増し、海から溢れた水がついには岡場所全体を飲み込んでいくのですが、、、というお話です。

 

 

 

 

1998年に亡くなった黒澤明監督が1994年に書きあげた遺稿作の1本で、実際に撮影寸前まで話が進んでいたのが本作です。予算の関係で製作に至りませんでしたが、 黒澤監督の意向では宮沢りえ、原田美枝子、吉岡秀隆のキャスティングで脚本も渡されていたという事です。 その残された脚本を黒澤プロダクションから熊井啓監督に映画化の申し込みがあり、日活創立90周年記念作品として製作されました。

 

 

 

 

原作は山本周五郎の短編小説にある 「なんの花か薫る」 と 「つゆのひぬま」 の2話を中心にした遊廓に生きる女性の恋とたくましさが描かれたものですが、ある程度原作の話をなぞっている事もあってか、前半のお新と房之助による悪意のない勘違いの恋の話と、中盤からのお新と良介の話がそれぞれ独立したものに感じ、房之助の事を引きずらないお新という人物が、すぐ客に本気の恋をしてしまう軽薄な女性に映っています。

 

 

 

 

後半ではそんなお新を見守っていた菊乃が話の中心となる為、お新と良介の陰が薄くなる事で物語の主人公が誰なのかを見失ってしまう所があります。 映画のエンディングから考えれば菊乃という人物を最初から主人公とした視点で描いていた方が一観客として感情移入しやすい作品になった気がします。 ただ、それも数回観返していく事で解消されるのかも知れませんが、、。 そもそもこの脚本は決定稿ではなく、書き直しの余地があるものだと黒澤監督自身は考えていたようですが。

 

 

 

 

とはいえ本作はあくまでも熊井啓監督の作品である事は間違いなく、当時の幕府非公認という岡場所の空気感やそこに生きる女性の柔軟さと強さは生き生きと描かれています。 菊乃を演じる清水美砂の凛々しさや、やさぐれる前の遠野なぎこの初々しさは見物ですし、遊女を彩る黒澤和子の衣装も素敵です。 吉岡秀隆はただの純くんでしたが、、

 

 

 

 

ラストの洪水は黒澤明がこだわった壮大さには及びませんでしたが、それなりの壮観さがありました。 煩わしい男や社会が水に飲み込まれた静かな世界で 「これでほんとのひとりぼっちでござんす いっそ良い気持ちだ!」 と星を眺めてのびをする菊乃の姿が新しい夜明けを予感させる粋なエンディングとなっています。

 

 

 

 

本作の創作ノートに 「先ず、粋にいきましょう。」 という書き出しから始まっている本作は、江戸の下町に生きる人とその町の生命力を描いた作品であると同時に、黒澤流の本格的なフェミニズム映画でもあります。  江戸の美意識を堪能するのにももってこいの作品だと思いますので、機会があれば一度ご覧になってみて下さいませ、です。

 

では、また次回ですよ~! パー