子宮内膜症を乗り越えて妊娠。妊娠後期に妊娠高血圧に。33週6日で極低出生体重児の娘を出産。熱性痙攣、鼠経ヘルニア、アレルギー色々あったけど元気!HSS型HSPの私とHSCの娘、夫と三人家族。娘も私も一人っ子。好きなこと、できることで楽しく生きる。
ざあざあ なぜふるの太陽 おこられたざあざあ いたくてないてるのざあざあ なぜふるのかなしくてないちゃったあららひめ9歳2ヶ月の詩
夕方のニュースをあららひめと見ていた時。パパの育児や家事が取り上げられていたんだけど。それをみたあららひめ。「何のニュース?」「パパたちも子育てしたり、家事をしてますってニュースだよー」て簡単に内容説明したら「なんでそんなことがニュースになってんのうちのパパだってやってんじゃん」いや、まじで‼️それ!あららひめがオムツしてたのはほんのなんだ7年くらい前だけど夫の話しでは、その時より男子トイレにオムツ替えコーナーがあるところも増えているらしい。出かけてもパパ一人ワンオペで小さい子連れてレジャー施設や公園にいるパパさんも珍しくない。いやー。いい時代になったもんだ。
小3。毎年クラス替えの度に不安定になるあららひめ。今年ももれなく学校に行きたくない病😷大人はなんでだろう。何がそんなに嫌なの?気にしすぎじゃない?気にしなければいいだけ。嫌な人がいるなら見なければいいじゃん。なーんて。簡単に言いたくなるけど。忘れているだけで。私も同じ。知らない人は怖いし、自分だけ仲間に入れていない感じするし、そう思うと、周りは敵ばかりに感じて。こわーいなるよねー。なるなる。ママもPTAの集まりめちゃくちゃ怖いもん😂皆んな声大きく感じるし自分だけ仲良しいない感じして 居場所じゃない気がして。こわーい。泣きたくなるあの感じ。大人は皆んな忘れているだけ。だけどね。あららひめ。あららひめのこと、敵だ‼️なんて思って攻撃してくる子はクラスに誰一人いないよ。あららひめのこと、みんなクラスの仲間だって。思っているよ。大丈夫だよ。安心して。世界は優しいんだよ。怖くなったらどうか思い出してね。
あららひめから久しぶりにメッセージ。50歳にむけて最後の大人の階段登る時に来たよ。ママ、思い込みはダメだよ。思い込み外すんだよ。なんだかリアルで心の中読まれてるのかな😅、はい。心得ます。久しぶり。何年ぶり?年中さんぶり?くらいのメッセージ。記録としてメモメモ_φ(・_・
仕事で下は3歳から子どもたちに接している。もう少し仕事を増やしたくて体験してみた介護施設の仕事。歳を取るってネガティブな印象があって、なんとなく遠ざけてた。いざ経験してみると、子どももお年寄りも変わらないなーんだか、かわいい子どもで生まれて、子どもにかえっていく姿をみせてもらって、できないこともできなくなっていくことも老いていくそのさまも人間も自然の一部なんだとできないことはできなくていい助けてもらってもいい頼っていい人も植物もなーんにも変わらないただ、生まれて咲いて枯れていくその姿はなんとも美しい。
あららひめ、二年生ももうすぐ終わり。ずいぶん、ずいぶんたくましくなったみたい。仲良しのお友だちもできて、学校も楽しそう。ここまで、勉強のこととか友だちのこととかいろいろ心配したけど。今になって思うのはあららひめじゃなく、わたし。私が、まず何があってもOK🙆♀️な状態になることだったんだと思う。どーんとこい。まだまだ、ぐらぐらする日も泣きたくなる日もあるけど、きっと大丈夫。どうせ大丈夫。
人にものをあげる時に二種類あるな。と思う。ひとつは、自分が使ったり、食べたりしたことがあるもので自分のお墨付きでおすすめできるもの。もうひとつは、自分には不要なもの。気に入らなかったもの。自分が気に入らなくてももらう方は気にいるかもしれないけど…。やっぱり、前者と後者では渡すエネルギー的なものが違うよなーと思う。たまには後者もあるけど、なるべく前者で人にものを贈りたいなと思う
小学校で着るスクール水着じゃない水着が欲しいと言い出したあららひめ。パパと下見に行って気に入ったのがあったみたい。「ファイナルセールだったんだよ 」パパと二人のときは服は買わないことにしているらしく、報告してきました私も、プールに遊びに行く用にあってもいいかなー、来年も着れるサイズ買えばいいし、今買えば安く買えるし!と思って、私と水着を買いに行くことに。買い物した帰り私が「安く買えてよかったわー。」って2回くらい(無意識に)笑言ってたみたいであららひめが「値段のことばっか言って!セールで気に入ったものが買えてよかった!でしょ?」確かに!そっちの方がなんか、いい感じラッキー感が強いっていうか、お金に支配されてない感じ笑笑あららひめ〜。さすがだぁねぇ。
もうだいぶ海外旅行に行ってないけどまるで、その店はインドそのものだった。外観からもうここはインド?バラックのような建物の中は、エアコンの効きも良くなくて😅蒸し暑い。窓側の席が空いていたから座ったらインド人の店員さんが、お冷を運びながらその席は暑いから、こっち。っていってエアコンの真ん前に案内してくれた。上を見上げれば雨漏りしそうな、つぎはぎの天井。荷物だしたまま、投げてある段ボール。食材が無造作におかれている棚。インド人女性が描かれて絵が何枚か飾ってあるけど、なんだかいい感じに傾いている😅インド時間であろうパソコンのモニターに映し出されるインドの景色。とても清潔、きれいとは言えない店内だけどすごーくよかった。来てよかった。物価高のなか、サラダつき、飲み物つきのカレーセットが1000円。大盛りのインド米のライスとともに頼んだオクラカレーがきた。オクラもこれでもかとばかりたっぷり入っている。美味しい。ホットのチャイを頼んだんだけど、インド人店主が持ってきた砂糖は使い方のシュガースティックも入ってて。でも、なんだか、それさえ、このお店は、なんかいい。と思わせる。転がってる段ボールも雑然としている棚も曲がって掛けられている絵も。誰かがあけて、先っぽが折りまげられてあるシュガースティックも。なんか、いい。愛想がいいとは言えないけどあんなにたっぷり、カレーもご飯も出してくれているのに、当たり前のように「おかわりは?」って聞いてくる店主。この心地よい力が抜けた感じ。そのままな感じ。清潔に整えられた店内も料理もいいけど。ここは、ここですごくいい。余計なことも言わないけど伝わる優しさ。飾らない気取らない。ありのまま。そんなのがなんか、すごーくいいと思わせてくれる店。久しぶりの海外旅行気分を味わわせてもらった。また行くね。
勉強大嫌いあららひめ。かくいう私は勉強が逃げ場だったし勉強することか生きていく術だった。そんなもんぶっ壊してぶっ壊しておりゃー!そんなもんいらねーんだよーバーロー。とは、言わないけどそんな勢いであららひめが勉強することに抵抗してくる。何が正解だか何が良いお母さんの正解だかぜんっぜん分かんねー。けっ。って言いたくなるよねぇあららひめが自主学習で書く物語が面白い🤣毎日、寝る前に絵本を読んでもらうことを日課にしているあららひめ。毎日1時間のYouTubeもあららひめの大事な息抜きでストレス解消。絵本やYouTubeで見聞きして自分が好きな動物が、あららひめが興味がある国を世界中、旅する物語。永遠終わらないんだけど笑笑端々に今まで積み上げたものがアウトプットされていて感心する。自由に自由に人生も描いて欲しいなぁ。
あららひめもうすぐ一年に一回の大学病院の受診日。8年前、1,254gで産まれた小さな赤ちゃん。無事、生まれてきてくれただけでも奇跡、感謝なのに、無事育ってくれただけで毎日が奇跡なのにここまでずっと奇跡の連続なのに。八歳になった今、あれもできない、これもできてないなーんて多くを望んでいる自分に気がついたとき。その度、あの時の気持ちにたちかえりたい。そう思う。もっとあららひめを信じていいんだよなー。大丈夫なんだよ。どうせ絶対大丈夫なんだから心配しなくていいんだよ。
いらっとしたときもやっとするとき。少し前までは人に対して怒りがわいてどうしようもなくなったり、それをすぎると自分が悪かったと自分を責めすぎたり。してた。あららひめ、お絵描きが好きな従姉妹のお姉ちゃんの真似をしてタブレット用のお絵描きペンを誕生日プレゼントでもらいました。お絵描きは小学校にあがってから女の子の絵をよく描くようになってずいぶん上手になってきてたんだけど。イラスト教室に通いたいって言い出して。あららひめ、勉強得意じゃないし体育も苦手だし、少しでも自信をもって欲しいという思いもあって、イラスト教室に体験しに行きました。結論からいうと、イラストを描くことへのあららひめの情熱はそこまでなく😓入会は見送り。やってみたいと思ったから通えるなら通いたいくらいのテンション…。イラスト教室の先生も、あららひめのイラストへの情熱?の薄さは感じとれたんじゃないかなぁ。やりたいっていうから、2回にわたって連れて行ったのに、そのわりに家ではYouTubeやゲームばっかりやってイラストなんて全然その後も描こうともしない。私からみても、とてもイラストを習いたい子には全く見えない。イラスト教室に連れていくのに、送迎もあるし、時間もお金もかかるし、親としても通わせるのは覚悟が必要。それをこっちは覚悟して連れて行くのに本人はのらりくらりとやる気あるんだかないんだか💢そんな生半可な気持ちではイラスト教室には通わせられないよって怒りながら、言ってしまった。。その後も私のイライラは収まらず…。勉強もスポーツもできないから好きなことが少し人より上手くできたら自信に繋がるんじゃ…。なんて考えてたのが、あららひめにはそんな努力する姿勢も情熱も感じられず勝手に裏切られた。みたいな気になった結局、私はあららひめに自分のフラストレーションを投影してただけ。あららひめは、やりたいからやりたいって言った。連れてってくれるっていうから、連れて行ってもらった。やらせてもらえるなら、まぁ、やってみようかな。くらいのテンションだっただけでなんら悪いところはない。それを勝手に私が、バウンダリーを超えてあららひめに期待した。人よりできるようになるかも、自慢できることが見つかるかもって。私の自信のなさをあららひめに投影して思い通りにならなかったから、イライラして怒る。気がつけば、このパターン。多いよね投影に気がついても、前のようには自分は責めない。過去に傷ついた自分がいるから。気がつき、抱きしめる。あららひめに、怒りながらの言い方はよくなかったとは思う。これは気をつけよ。でも、なんでもかんでも言いなりにやらせるのもなんか違うと思うから、今回はこれでよかったと思う。外に感情を煽られたら、矢印内側。投影に気がついた瞬間、外への怒りは内への光にかわる。これの繰り返しかな。
最近、給食の前後くらいの時間帯になると、頭が痛くなったりお腹が痛くなったりするあららひめ。年があけてから何回か学校から連絡があり、お迎えに行っていました。でも・・・帰って来るととっても元気え?メンタルかなーと思って話しを聞いてEFTタッピングしたり、先生にも協力してもらってお友だちとの間の話しを聞いてもらったりしました。すっきりして学校に行くようにはなったんだけど、また。学校から電話おーっと今度はなんだい?9割メンタルだろうとは思っていても子どもって本当に具合悪くてっていうパターンももちろんあるから(;^_^A迎えに行ってきました。帰ってきて話しを聞くとお友だちとの間で何かあったとかでもなく自分でもどうしてこうなるのか分からない。保健室にばっかり行くのも嫌なのに。。っていう。ほー。そうか。そうなのか。ちょっと、ものは試しでフォーカシングしてみようかなわたし「ママさあ。魔法使いじゃん?」(夜、あららひめが寝た後、小さくなってあららひめの顔の上で遊んでいると言っています)→いやどんな魔法使いw「ママ、あららのお腹(お腹痛いって言ってたから)とお話しできるんだけど、お話ししてみていい?」「え?なにそれ?」って言いながらも許可がおりたのでフォーカシングしてみることに。結果、せっかくここに来たのにでたくない寂しい悲しいそんな思いがあるということが分かりました。なーるほど。二年生でクラス替えあるから環境の変化に反応していたのかもね。そうだろうとは思っていたがやはりそうだったか。私に言えなかったのか言葉にできないモヤモヤだったのか分からないけど原因が分かってよかったねってことで、EFTタッピングも組み合わせてみました。ちょっとすっきりしてきたって言うんで、「はい。お好きなYouTubeをどうぞ」絶好調でYouTube鑑賞を始めましたその後、習い事のチアにも行き何事もなかったかのように今日も学校に行きましたとさ。学校で楽しく過ごせてるといいなぁどーでもいいんだけどさ、あららひめ、具合悪くても「給食は食べていきます(キリッ)」って言うみたいで。私が給食だけは食べて来いってあららひめに言ってるように先生に思われてるかもねw
あららひめがある日突然。わかった!わたしたちの人生ってさ人それぞれの物語(ストーリー)なんだね。って。七歳にして…。どうなってんだい。わたしゃ44歳でやっと気がついたっつうのに
儚くも愛おしいこの 世界。
そう。まさに。柳の木。のような生き方。しなやかで、力強い。柔軟でいて、芯がある。私がこれから目指したい生き方は柳の木。がお手本。
公園でぼーっと空をみたり木をみたり 。晴れてて、時間があけば公園にばっかり行っている笑笑何もしないで頬をなでる風を感じたり木に触れてみたり。この時間がものっすごく心地いい。目を閉じると自分が透明になる感じ。最近、空や自然の美しさに圧倒される瞬間がものすごく増えてきた。ふと、公園の向こう側を歩く親子に目がとまった。若いママが二歳くらいの男の子と歩いている。ママは犬を連れながら、携帯を見ながら歩いている。その後ろを、二歳くらいの男の子がトコトコ着いて歩いている。なんでもない、よくある光景なんだけど、あぁ。なんてもったいない!というか、私もそうだったし、今もまだ、それやってるよな。携帯をやめて、振り返れば我が子のほんの一瞬のかわいいかわいい瞬間が待っているのに。そちらに目もくれず携帯に釘付けになる。子どもが小さいのは人生のほんの一瞬。携帯の中の情報よりも、ずっと尊い景色が広がっているのに。なーんて思ったけど、あのママの一瞬でしかないけどね。切り取って自分に重ねてしまった。携帯、便利だけどね。大切な時間を見事に奪ってくれるよね。なーんて思うよね。きをつけよう。
あららひめ一年生。半分終わりました。引っ越してきて全然知り合いのいない中毎日、嫌がらずに学校に行ってくれた。本当にそれだけで百点満点。正直、毎日行けるか私が勝手に自信なかったから(あららひめには失礼な話だ)本当、それだけであららひめはよく頑張ったって思う。勉強も入学まで全く手を付けずだったし、夏休み前の個人懇談でもついていけるのか本気で心配していたけど!入学当初からの進歩は本当に本当に感動もの。あんなにできなかったのに!(いや、だから失礼だって)漢字まで書けるようになって算数も好きになってきてる!あいかわらず、宿題で分からないと癇癪起こすことはあるけど、でも。母、満足。そりゃ、できるほうではないかもしれないけど目標が低すぎると言われようが、思われようが全然関係ない。夏休み前は、あららひめの目標じゃなくて一般的な一年生の目標にばかり目がいってて、目の前のあららひめに辛く当たってしまうこともあった。それを、あららひめの中の成長を見ることに集中できるようになったら私が周りの子と比べなくなったらあららひめの中の成長がくっきり見てとれ、感じられるようになりあららひめ自身も本当にぐっと伸びたと思うし、自信もついたように見える。ここでもまた、あららひめじゃなく先ず私、が先に変わることだったんだと気づかされる。あららひめ、いつもありがとう。
子どもと少しだけ関わる仕事を始めて3年目になる。勉強する場所だから、雑談って本当はあんまりしてはいけないんだけど。本当は子どもたちともっと話したい。この仕事を始めてからちょっとでも私と関わってくれる子たちの心に少しの光、明かりになる言葉や存在でありたいと思ってきた。子どもに関する資格を持っているわけでもなんでもない私。それでも、子どもの心に明かりを灯すことが少しでもできたら…学校帰りに来る子たち。学校であったたわいもないできごと家族の誰だれが今日誕生日でね‥指の皮が剥けて痛いの‥子どもたちのなんでもない話しを聞くのが大好き。手を止めて、その子の目をまっすぐにみて話しを聞く。「今日ね、ママの誕生日なの」「そうなの!おめでとうございます。じゃ今日、美味しいもの食べられるのかな?」気のきいた言葉はかけられないけど心からおめでとうと言葉を返す。子どもの目が輝く瞬間が分かる。そんなやりとりが最高に好き。こんなこと書いていると涙がとめどなく溢れるのは私のインナーチャイルドが一緒に泣いている。私が子どもの時、家族以外でほんの少し、甘えさせてくれる大人がいて欲しかった。いるだけで、ほっとできる大人が話をほんの少し聞いてくれるだけで満足というか、安心するというか。私は大人が嫌いな子どもで家族以外の大人に懐いた記憶がほとんどない。子どもと関わる仕事をして自分を癒していくうちに分かった。ずっと、子どものために目の前の子どもを笑顔にしたいと願ってきたけれど、私の中の小さな子どもの私がずっと待ってた。先ずは、私はわたしを救う。何度でも何度でも私はわたしに寄り添い、抱きしめる。
小1あららひめ。毎回、言い直しても「お笑い」のことを「おはらい」って言います。お笑いの人🟰おはらいの人って言います。お、わ、ら、いだよって教えてもその時はお笑いって言っててもまた、次の日にはおはらいって言ってる😂でもね、そっちが本当は正解なんじゃないかとも思う。お笑いって、色んな気持ちを笑いで祓ってくれる効果あるよね。お笑い🟰お祓いあららひめ、せいかーい◎✨