ぴーやんのブログ -9ページ目

ぴーやんのブログ

日々の出来事や読んだ本の感想などを気が向いた時に更新してます。
自分史も始めてみました。

少し前の自分史にも書いていますが、父親は両足に障害を持っていました。

その状態で紳士服の仕立てをしていたのですが、独立した当初は

交通手段は手漕ぎの三輪で左手で車輪と繋がっているタイヤを漕いで、

右手でハンドル操作をしていたそうです。

次にオート3輪(といっても、車ではなくて自転車の動力がエンジンに変わったもの)。

その次から最終的に運転手段は下記の写真のような形式に変わります。

右手でハンドル。ブレーキは左のハンドルを向こうに押し出すとかかります。

ハンドルの根本の方にアクセルがついていて親指で操作します。

 

幼年時代はクリスチャンだった親に連れられて毎週日曜日には

教会の礼拝に出掛けてました。この時代に幼児洗礼を受けました。

 

父親も高度成長で仕事もあった頃なので、休みはきちんと

とっており、西宮の障害者協会に参加しており、障害者の方達の

運動会に家族で参加したりしていました。

 

そのような環境で育っていたし、友達の家に行って友達のお父さんに

会うこともなかったので、障害を持って生きている方たに囲まれていたので、

それが特別なこととも思いませんでした。

 

 

 

小さい頃はよく泣く子で、泣き出すと父母や父の手伝いに来ていた

職人さんなんかがこの歌をよく歌ってくれたのを思い出します。

 

遊ぶのは基本一人で一つ上に姉がいたのですが、姉は友達がいたので

お人形遊びをするのに混ぜてもらってました。

ひとり遊びの時の定番は三輪車を使った「焼き芋屋」ごっこで、

今思うと何が楽しいのか、家の前の道を「いしやきいーもー」と言いながら

遊んでました。

 

家の南側を走る旧西国街道を東に向かってまっすぐ歩くと

廣田神社の参道の橋の鳥居に行き着きます。

参道は昔、土の道だったけど阪神淡路大震災以降、石畳に

なったようですね。

家からこの鳥居までの間に通っていた幼稚園がありました。

子供の足で10分程度。園の西側に使われていない錆びついた

火の見櫓があったのを覚えています。

園の周りは田んぼか畑しかなく、最近行った時には建売住宅や

マンションで少し寂しく感じました。

友達と忍び込んでトマトを盗んで逃げたり、

肥ツボに落ちてしまって、泣きながら帰った頃が懐かしいです。

遅ればせながら映画を鑑賞させていただきに行きました。

本人の著書の書籍を見て咽び泣き。

先日のテレビのドキュメンタリーを見て号泣。

 

今日は流石にもう少し冷静に見れるかと思いましたが、

一応、大きいフェイスタオルを用意。

 

鳴き声をあげそうになるのを抑えつつ、視界は涙で歪んでしまい、

結局タオル大正解の涙腺崩壊状態でした。

 

 

今年も12月。あと一月となりました。

勇ましい題名ですが、体調すぐれず相変わらず

引きこもり、読書の毎日です。

 

リズムを変えようと楽器を引っ張り出しました。

楽曲は昭和歌謡。昭和49年度平凡5月号付録

ソングブックです。

長い事楽器を触っていなかったので、指が痛くて1時間半でギブアップ。

楽器は50年近くの相棒、YAMAHA YG151です。

引くより磨いてる時間のほうが長いので綺麗です。

乾燥剤も入れているので反りもありません。

近況でした。

今日は茶々の13歳の誕生日。

思い返すと本当にかけがえのないバディです。

まずは、キレイにしてもらいに動物病院でトリミング。

いつも行っている病院なので、可愛いリボンをしてもらいました。

トリミングの間に誕生日プレゼントの買い出し。

鹿肉ハンバーグとシニア犬用柔らかささ身。

今日はハンバーグにしてみました。

うーん。ハンバーグと言うより肉団子(これで税抜八百円)

でも、喜んで10秒でパクツイて食べてしまいました。