ボルドーの修道院・ペリグー美術館で父の画と対面!



伊勢型紙 おもしろ源氏物語図典 &ギャラリーあらくさ通信

修道院の回廊にて 美穂画伯


修道院を見学 8月4日10時頃K弥さんから軽くノック。今朝はボルドーの屋根付き市場を覗きましょうとゆっくり歩き。行ってみたら中は2件の果物、野菜屋があるだけでがらんとしていました。野菜屋さんがヴァカンスで皆店じまいとの回答でした。


 昨日行ったユダヤ教会堂の側に修道院があります。ここ市場から遠くありません。人込みで歩けないくらいのシャンゼリゼ?をあるところで右に曲がる静かな通りにプロテスタントの教会があります。戸は閉まっていました。この教会の横に建てられてあるアパートの窓から身を乗り出すようにしてバナナをむしゃむしゃ食べていたマダムが、私達を見てこの教会は日曜日しか開かないよと親切に教えてくれました。


 ほとんど真向かいに修道院があります。受付に若い女の子が電話中で、眼で我々にいらっしゃいの合図を送ってくれました。見学者は私達2人だけのようです。

礼拝堂のステンドグラスはここも陽を通してとても綺麗でした。回廊も人影無く静かな気持ちになりました。この修道院と付随して側に教会があります。濃いグレーの墨が滲んだような教会の建物に美しさを覚えます。若者達が何十人も修道女のフランス語での説明をスペイン語に訳してくれるガイド?の顔を見ながら熱心に聴いていました。この教会の門も午後でなければ開かないので内部は見られずです。


 朝昼兼用の食事を13時ごろ市役所の大広場にあるイタリアンレストランで取りました。いくつものボルドーの広場はパリでは見られないかなりの広さで大きく背伸びして空いっぱいの空気を吸い込みたいような気分にさせます。普段は滅多に食べないのでチーズと生ハムが沢山のっているピザを食べました。K弥さんはクレープにデザートは又焼きクリーム。2人とも美味しい美味しいと食しました。カフェにも満足。ヴェニスで飲むカフェは何時も美味しく何故か理由を聞いたら‘そりゃ~水が違うからね‘とか云われました。


 午後には汽車でペリグーへ行くので食事の後はゆっくり歩いてホテルに行き荷物の引き取り。


ペリグーへ 夕方18時30分ごろにペグリーの駅に着きました。40年ほど前から家族同様に付き合いをしていただいているR家の次女がたまたまヴァカンスで南仏に行く前に実家のペリグーにいるので駅まで車で迎えに来てくれました。ホテルに荷物を置き急ぎ車に乗せてもらいR家に着きました。ご主人のR氏は元気が無くなり歩行も困難になりました。私は4月にも一晩泊りでR家の皆さんに会いに行ってきたばかりです。又何時会えるかどうか分からないのでK弥さんはペリグーをご存じなかったのでお連れしました。

 マダムRのお料理を頂くのも楽しみの一つです。ペリグー特産のフォアグラの後トゥリュフ入りのオムレツ(美味!!!)さらだ、チーズ、アイスクリームに赤色果物(苺、野いちご、杏)を綺麗に並べたでざーと。お腹が空いていない2人なのに・・・。


 R氏は40年以上も前に父の画をどこかの展示会で観て気にいっていただき、氏の尽力で何回かペリグーで個展を開催することができました。


父の画とご対面! 8月5日の午後にはパリに帰ります。午前中はペリグーの旧市街地歩きと大聖堂サン・フロンを見学。6か月前に亡くなった私の大事だった友達のために教会用のろうそくをともしました。

 お昼前に父の画が飾ってあるペリグー美術館に行って来ました。ペリグーの古い町の一角を描いた作品です。私は誰かと一緒に展覧会へ行っても何時も1人で勝手にあっち行ったり戻ったりしてなのでK弥さんが私の名前を呼んでいるのを聞いて急いで彼女の側に戻りました。側にいた方はここの館長さんとのことでK弥さんがすでに説明をしてくださっていてお互い自己紹介をしました。私は父の画を飾って下さいまして有難うございますと深くお礼を申し上げました。館長さんからいろいろ父に対してのお褒めの言葉を頂きました。K弥さんのとっさの機転のお蔭で館長さんにお会いできたことは嬉しいです。


 旧市街で4月にも買ったフォアグラ専門店でカン詰を何個か買いました。絵ハガキと新聞を買った所で美味しく安いレストランを教えてもらい其処に入りました。朝食はホテルで取ったのでそんなに食べられないのですが、パリに着くのが夜の9時近くなので腹ごしらえです。簡単に一皿と赤葡萄酒小瓶。


ホテルに戻り荷物を引き取りR家の次女の再度の運転でペリグー駅に。マダムRも一緒に来てくれました。今度は何時会えるかしら・・・。途中りリモージュで乗り換えてパリまで5時間近くかかります。K弥さんも私も短日ながら楽しい旅が出来感謝です。(終わり)


パリに着いて其処でK弥さんとは別れ私はバスで家に。ドアの鍵を開けている最中にMOZがワオーン、ワオーンと鳴いて私を待っていてくれました。ドアを開けリュックも外すのも後回しでMOZを抱き上げお互い顔を摺りよせて喜び合いました。

ボルドー近代美術館とユダヤ教会へ


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ボルドーのガロン河のほとりに立つ美穂画伯


いざ 近代美術館へ 8月3日。ボルドーの近代美術館は2人とも見たくてウズウズしていました。(K弥さんの亡くなった御主人は絵描きですし、K弥さんも私も絵画を観るのは大好きなので)。そちらの方向に向かって歩いていたのですが、何世紀もの石の建物と繋がって近代的な蜂の巣のような建物が目に付きました。これは裁判所です。見学できるかしらと2人で入り口に座っていた3人「1人が女性警官)見学可能の問い合わせをしたらOKが出ました。その前に持ち物検査があり調べられ問題はなく、私はふざけて‘ピストルがハンドバックに入っていたんだけど・・・‘といったら警官は‘プラスチックのピストルでしょう‘と大笑いで終わり。

 パリの警官より親切ですねと又一言云ったら、それに我々の方が美男子でしょうとのことでした。裁判官達はまだ来ていないし今だったらガイドもしてあげるよと女性警官が申し出てくれました。私は巡査主任よと云って肩の腕章を指差して見せてくれました。自分は歴史に大変興味があるということでいろいろ話してくれました。この裁判所が建つ前は孤児院であり、その後第2次大戦中は刑務所にもなったとのことです。裁判所は宗教に関係なく独立しているのですが、法廷にはキリスト像がかかっているんですよとの説明。見たいと言ったら駄目の返事。残念。フランスの裁判の説明もいろいろ話してくれましたが、ちょっと上の空で聞いていました。とても親切な警官で写真も一緒に撮りましたので後日お送りする予定。


 やっと近代美術館にたどり着きました。私たちは65歳以上ですと云ったら 入場無料とのこと。このごろはパリの美術館ではこの65歳以上の無料入場がなかなか通用しません。老人多すぎるからネと受付で云われたことも何度かあります。 

 フラマン派の絵画の部屋を通り奥の方に現代画が沢山飾ってあります。私はREDONの作品が大好きです。先日パリのグランパレーでルドン展があったのですがその時にも観られなかった特に感動を受けた作品2点の前ではしばらく動けないくらいでした。作品のちょっと離れた所に椅子があったのでK弥さんと2人で‘青の色が素晴らしいね!‘としっかり目に焼き付くまで座って鑑賞しました。心が満たされました。マルケの作品も良かったです。この2人はボルドー生れです。


ユダヤ教会に入れてラッキー!  オペラ劇場前の大柱を見たりブラブラとあっち見、こっち見をしてパリの友達へのお土産買いもしました。葡萄の味がするチョコレートを買いました。

 ユダヤ教会があるので是非見たい。パリでは友達の結婚式や告別式など誘われてでないとユダヤ教会堂には個人では入れません。ここも多分駄目だろうなと思いながら地図を片手に「私はひどい方向音痴なので地図を持っていてもたどり着かないという苦い経験を何度かしています)K弥さんに頼られ?いるのでちょっと頑張らなければというところ。着いたら外回りは大工事中。大工さんがこの通りの反対側の入り口からも入れるからというので外からは目立たない戸口に着きました。ダヴィデの星マークが壁に小さく彫ってありました。インターフォンで見学できないかと聞いたら予想のごとく駄目の返事でしたが、パリからわざわざ?やって来たのでお願い~と泣き声?を出したらちょっと待ってくれといわれました。幸運なことに戸をあけてもらいました。グループで予約すると見学可能らしいです。というのは座って待っているうちに何人かのグループが球帽を被った説明者と教会堂から出てきました。突然やってきた2人のために説明者は快くこの教会堂についていろいろ話してくれました。ボルドーにはユダヤ教会堂は1軒のみ。ポルトガル派の教会堂ですがここだけなので東欧とポルトガル、スペイン、北アフリカ全部のユダヤ人のための教会。ボルドーには現在2500人のユダヤ人がいますとのこと。これだけ広大な教会堂はあまり見たことはありません。いろいろ又勉強になりました。


 結構あちこち歩き疲れましたが2人とも食欲はあるのにお腹は空かないねと一致。でも夜は沢山レストランが並んでいる小路を歩き大声があまり響かないような所に入りました。海老が沢山入った料理(名前は忘れました) 美味しかったです。ここで飲んだボルドーの葡萄酒がとても美味でした。K弥さんも‘美味しい!‘の一言。歩き疲れたので明日は10時ごろまでゆっくりしましょうと云っておやすみ別れ。


この晩も寝られず新聞のSUDOKをした後 また‘富士日記‘。



ビストロで至福の一杯!


伊勢型紙 おもしろ源氏物語図典 &ギャラリーあらくさ通信
夕食のレストランを探して通りを歩く美穂画伯


アルキテーヌン地方の美術館へ ボルドーの大通り(私達はボルドーのシャンゼリゼネト云うことにしました)は両側ブランド店で埋まり人ごみを避け、フランスのアルキテヌーン(ボルドーやピレネーなど幾つかの県を含めた地区)地方の美術館に行きました。先住民の洞窟生活、狩猟生活等の説明保管をしてあります。広大な美術館でまだまだあるのかというほどで、あまり周りに閲覧者もいなく誰か1人2人いるとかえって不安になります。ゆっくりと見学しているK弥さんの所に戻っていったりしていました。そのうちゴーという音がしてビックリ。窓外をみたら真っ暗。稲妻の音と地面を叩くように降っている雨がその反応で水しぶきを跳ね窓からの建物がぼやけて見えました。美術館の出口付近に、あらこんなにも見学者がいたかしらと思うくらい不安そうな様子の人たちが集まってきました。外には出たくとも傘もきかないくらいの豪雨ですので我々も含め皆ボンヤリと立ちすくんでいました。


止まない豪雨 閉館時間が過ぎても降り止まないので係員の人たちも何も云わず外を見ていました。でもそのうち少しずつやっと小雨になり雨具を身につけている人達は思い切って出て行きました。閉館1時間近くになりさすがに係員も申し訳なさそうにもうこれ以上はと言葉でなく身振りで示してくれました。こちらも申し訳なく濡れるのを覚悟で美術館を出ました。喉も渇いていたので2人ともすぐ近くにあったカフェに飛び込みました。ビールを一口飲んでホット一息。K弥さんはレモンジュース。


ビストロで葡萄酒に満足 そんなにお腹はすいていないけれど軽く夕食ということで水溜まりを避けてホテルに向けて歩きながら小さなビストロを見つけました。大食漢だった私も胃が小さくなりボルドーの山盛り一皿で十分です。何切れかのパンとフォアグラの一皿、それに赤葡萄酒小瓶1本。K弥さんは口付けする程度しか飲まないので後は飲んべーの私の役目。デザートはK弥さんは焼きクリーム。私はカフェ。外を見たらいつのまにか雨は止んでいた。


ホテルに帰ったら受付のおにいさんが@巴里から貴女の友達が ボルドーは大変な豪雨とのニュースをTVでみたけれど心配だ‘との電話があったと報告してくれました。名前は云っていなかったけれどというのでSYLVIEかと思います。お兄さんはまるでこの世の終わりみたいなことを云っていてよとも伝えてくれました。


私は床が変わると自分でも嫌になるくらい神経質で眠りにつけません。全然寝られず巴里から1冊だけ持ってきた武田百合子の、何回も読んだ「富士日記」のページを何度も捲ることになりました