巨大な宋船 福原へ来航!
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伊勢型紙制作 森 博    クリックし拡大してご覧ください。

>解説〉貿易立国、日宋貿易

清盛というと権力のおごりばかりがクローズアップされ、悪漢イメージが定着している。しかし実際の清盛は日宋貿易を盛んにし、商業で国を豊かにしようとした先見性のある人だった。後白河上皇と宋の商人を面会させたり、公家を宋船に招待したりして人々を驚かした。大輪田泊を修築し、これが後の神戸港になり国際貿易の発展へとつながった。清盛はビジネスマンとしての素質を持つ平和を愛する人だったのだである。

〈猫式部独白
宋船の大きさ・・・NHK大河ドラマ「平清盛」の宋船は海賊船として登場しましたね。地元の造船所(呉)や鉄工所の職人さんたちが最高の技術を駆使して制作されたようですよ。実物より少し小さめの全長22m、高さ14m、30人乗り、上の絵にもありますように帆は3枚です。実物は全長30m、幅10mほどの300tクラスの木造帆船と推定されています。
・貿易品の中身・・・後白河上皇はv珍奇な贅沢品が大好きで、1171年に清盛公は羊・麝香鹿(じゃこうしか)を上皇に献上したとものの本に書いてあるそうです。日本からの輸出品は米・木材〈檜・松・杉など)・水銀・硫黄・真珠・銀・金などのほか刀剣・甲冑・扇など優れた工芸品なども好まれたそうでございます。。宋からの輸入品はクジャク・オウム・筆墨・書籍・綾錦・豹皮・薬種・香料・宋銭・陶磁器などです。特に大量の銅銭はわが国の商業を活発にしましたし、この貿易は平氏に莫大な利益をもたらしたことでございます。
・グローバルな志向の政治家・清盛・・・ホント 清盛という人は時代を突き抜ける斬新な発想ととてもグローバルな視点を持った政治家、経済人なのですね。現代にタイムスリップして今の日本のかじ取りをして欲しいものでございます。
 7回にわたって「にしき堂カレンダー」のご紹介をさせていただきました。ご覧いただき有難うございました。次回から新しい企画・源氏物語「花の女君」シリーズを載せますので何とぞよろしくお願い申し上げます。
清盛の壮大な発想―海上社殿の厳島神社
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伊勢型紙制作 丹羽靖子 伊藤龍生    クリックし拡大してご覧ください

解説 清盛は29歳のとき安芸守に任じられた。海上交通の重要性を知っていた清盛は、海の神様である厳島神社を平家の守り神として深く崇拝し、社殿造営や平家納経など手厚く庇護した。今も厳島神社は当時そのままの姿で海上に立っている。青い海に浮かぶ朱の回廊は奇跡の海上建築と呼ばれ、世界の人々を魅了し、世界遺産に選ばれた。清盛が高い美意識と卓抜した発想力を持った人であったことを物語っている。

猫式部コメント</strong> 行ってきました宮島へ  1月半ば、あこがれの宮島は厳島神社に参詣することが出来ました。新幹線広島駅からJR山陽本線で約30分、宮島駅口下車。宮島口桟橋からフェリーで10分です。フェリーから海中の大鳥居が次第に見えてくるのは感激でしたね。ロマンスグレイのすてきなガイドさんに懇切丁寧な説明をうけつつ1周しました。美しい朱色の回廊をめぐりながら、清盛というお方のとてつもない発想のすごさをひしひしと感じたことでございます。
 さてその後は表参道の商店街をぶらぶら。よい匂いに誘われて、とあるお店であなご飯と焼きガキそれに地酒を1本つけて・・・その昼食のおいしかったこと。商店街の通りは若いグループやカップルが大勢いましたよ。
 それにしてもNHKTV「平清盛」の視聴率は芳しくありませんねえ。折角の新・清盛像をもっと皆さまに見て頂きたいとひそかに願っておりますのでございます。はい。
 
名だたる難所音戸の瀬戸を開削した清盛
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制作 山中 良子
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解説 音戸の瀬戸は本州と倉橋島の間の狭い海峡である。清盛は日宋貿易の航路開発に力を入れ、音戸の瀬戸を開削し船が安全に通行できるようにしたと伝えられている。工事を間に合わせるため、沈もうとする夕日を招き返したという。清盛のどんな困難にも勇気をもって立ち向かい、やりとげる力を伝える伝説である。今、日没の方向に扇を向けて立つ「日招像」が音戸の瀬戸を通る船の安全を見守っている。

猫式部コメント 音戸の瀬戸はJR呉駅から市バスで「音戸渡船口」または「音戸大橋」で下車するそうです。Ⅰ度行ってみたいものでございます。音戸の瀬戸は現在も海上交通の要衝で、潮の流れが速い難所だそうです。今から800余年前清盛は瀬戸内の航路の整備を行い、備前牛窓・備前鞆(とも)・尾道などの港を整備しました。さすが先見の明がありますね。中でも手を焼いたのが音戸の瀬戸、難工事で作業は進まない、日は暮れる。そこで清盛が扇を掲げて沈む夕日を中空に招き返した。また「睨み潮」といって工事の妨げになる激しい潮流を清盛のひと睨みで止めてしまったという伝説もあるそうです。この事業に賭ける清盛の意気込みの強さがうかがわれます。