あなたの人生を感動で彩る【元女装家/ 元性感セラピスト 】ヤスコロリのブログ

あなたの人生を感動で彩る【元女装家/ 元性感セラピスト 】ヤスコロリのブログ

福岡市在住 ヤスコロリ 美容師で元女装家、元性感セラピスト。人生を通して現実との関わりのなかでスピリチュアルな探究をしてきたその様をリアルな言葉でブログに綴っています

こんにちわ

生と性のミステリーハンター

ヤスコロリです









一年前に僕はマッチングアプリで今のパートナーと出会った





彼女とは同い年(53歳)で





一年経った今も僕たちは、お互いそれなりに人生経験を積んできたからこその、落ち着いた大人の交際を続行中だ





というのは嘘で





僕たちは、まるで新婚で招集されたまま30年の行方知らずから突然家に帰ってきた兵士とその妻のように





ひかえめに言ってラブラブ






憚らずに言うと

ちょー

ラブラブだ🩷







一年一緒に居て、改めて彼女にはとてもとてもとても感謝している






上手に僕を男性として立ててくれながら、時には耳に痛いことも躊躇せず言ってくれる彼女は






前世は戦国武将の妻で、きっとその国は大いに栄えたのではないかと思わせるほどの


素敵なあげまん女性だ






彼女のおかげで僕は






飽きっぽい性格に歯止めが効くようになった

 





笑顔でいる事が増えた






以前にも増して、自分をねぎらうようになった






そして、自分の子供と並んで、大切にしたいと心から思えるひとがいることで







男のDNAに刻み込まれた「誰かを守りたい欲求」がメラメラと燃え上がる






仕事を頑張ろうと思えるのだ






人の良さげな営業トークに乗せられて、必要の無い公式ライン運用サービスの契約を交わしてしまっても






僕は平常心だ






思いがけない税金の請求書が届こうとも






もちろん僕は平常心だ






お客さん(本業は美容師です)に無茶目なオーダーをされたとしても






安定の平常心は決して崩れない







懐メロの歌詞のように






何があっても、心の拠りどころ、還るべき場所がそこにあると信じられると






男はみんな安心して戦場に赴き

傷を負ったとしても平気なのだ







もちろん人は、「好きな人がいれば」それだけで幸せになれる訳じゃない






賢明なあなたの事だから、そんな事は重々承知だろうと思う






「〇〇さえあれば」幸せになれるのは、テレビCMの世界だけ








「あなたさえ居れば私は大丈夫」







それは相手に対する

呪いの言葉であり







自分へのひどい裏切り文句となる








あなたが居ても居なくても

私は大丈夫






お互いにそう思える二人なら、きっとどれだけ相手に頼ろうと頼られようと、それは依存にはならず


そんな二人は、いつまでもいつまでも、にこやかに一緒に居られるのだろうと思う







でも実際には、それがどれほど難しい事なのかは


僕もよーく解ってるつもりですよ。はい








僕が彼女と出会って

手に入れたのは







その難しいチャレンジマッチ

への挑戦権だ







僕たち53歳カップルが

「いつまでもいつまでもにこやかでいるためのゲーム」は





若かりし日のロッキー・バルボアとその恋人エイドリアンのように







いまやっと始まったばかりだ








カーン(ゴングの音)














僕たちは

今どき男女の出会いの定番

マッチングアプリで出会いました





その時の経緯はこちら





50代になると恋愛するハードルが上がって

アプリへの登録すら躊躇しちゃう。

そういう声を周りでよく聞きます






そしてその気持ちは僕もよくわかるのです


マッチングアプリのプロフィールに意気込み(?)的なものを書くのにも、照れが先に立ってなかなか前に進めませんでした

 




僕は懐かしのテレクラ時代に

「これ系」のサービスは散々経験していたので

仕組みそのものには何の抵抗も無かったのですが





僕の中のもう一人の僕が





53歳のおじさんが本気で恋愛したがってるとかキモくない?




と、平成ギャル口調で囁いてきては

プロフィール文を書く手が止まるのでした






その反面、アプリ上で自分のタイムラインに表示される女性の年齢層を、30歳〜と設定したがる(あわよくば若い女性からモテたい)男のサガ





我ながら情けなくもいじらしいというか

おい。ちょっと落ち着け俺。

という気持ちにもなりました






登録の初期設定の段階で

湧き上がってきた様々な感情に手を余した僕は

(僕だけじゃなく、この感情の渦に飲み込まれて「マッチング活動」へのやる気を急激に失う人は多いと聞きます)


一度冷静になって

自分が何のためにアプリに登録したのか

目的を思い返しました





「恋愛を楽しむ」だけなら

見知らぬ女性と「マッチング」しなくたって

身の周りを探せば相手が居ないでは無かったと思います






こう書くと

リア充オヤジの自慢ブログかよ

と、非モテ界隈から一斉に槍で刺されそうで不安になるのですが






僕がどれ程の時間と労力を使って

「脱・キモキャラ」のために粉骨砕身してきたかは過去ブログを参考にして頂くとして『【再アップ】ささくれヤスシのピュア過ぎる恋 ①』こんにちわヤスコロリですなんであんなに怒っていたのかと不思議に思うほど若い頃の私はいつも怒っていた福岡に来て郊外の街で 美容師の真似事を始めて何の覚悟もや…リンクameblo.jp







思春期に鬱屈してた反動からか、20代半ばで遅ればせながら夜遊びを覚えた僕は、水を得た魚のように「女好き」の道を邁進していったのですが





そうやって恋愛というと、スリルやドキドキ、あるいはひたすらの癒しばかりを追い求めてきた僕が、二度の離婚と何度かの手痛い失恋を経て







やっっっっっっっっっっと

気づいたのですよ







男と女の関係は

世話をして育てなければすぐ枯れる上級者向けの観葉植物のようなものだ






ということをね






当たり前といえばちょー当たり前なんですけど

でも僕の目にはずっっっっっっっと見えていなかった鉄則。つまり「鉄のように硬い法則」






人はひどい目に遭ったと、気づいた時に変われると言いますが、僕の場合はその両方の合わせ技によってやっとこの鉄則に気づくまで、両目が覆われていたかのようにまったく見えなかった恋愛のシンジツが







めちゃクリアに見えるようになったんですよ(この時52歳)







なのでもし新しいパートナーが自分の前に現れた時は、恋愛の蜜の甘さに溺れる前に





面倒くさいとやつと思われてもいいので、自分のあまり言いたくない過去や、人から独特と言われる価値観を正直に話して





これまでたくさんウソをついてきた分、これからはウソをつかないことを相手に誓おうと







硬ーーーーく決めていました







宇宙の法則は

スタート🟰ゴールなので

なし崩し的に始まる恋じゃなくて






アメリカ独立宣言のように厳かに






石碑に刻まれても構わないと思える言葉で

次の恋を始めたかったのです






そして、ちょっとやそっとじゃ崩れない最新の耐震住宅並みの強固なパートナーシップを共に築いていってくれるのようなパートナーを






本気で見つけようと決意したのでした






そんな気持ちを思い出して






重いか、軽いかで言うと

鉛のようにめちゃ重

プロフィール文を一気に書き上げたのでした







恋愛や結婚やセックスは楽しい反面、面倒くさくもあることは、大人のあなたならよく知っていることでしょう





一年前の僕は、その「面倒くささ」に敢えて目を向けて、一緒に面倒くささから逃げないで乗り切ってくれる相手を探していました






僕は元来寂しがりやで

だから恋愛やセックスが好きでした

でも





付き合って最初の三ヶ月だけセックスに明け暮れて、一緒に居る時間が増えて関係が近くなるほど言葉が少なくなり、お互いの面倒ごとから逃げ続けたあげく結局不機嫌な時間を共に過ごすことになるような




そんなヤワな関係になるくらいならこのまま一人でいたほうが100倍マシ







と思えるくらいまでには

成長出来たのだと思います













ブログタイトルに惹かれて





マッチングアプリのハウトゥを期待していたあなたには申し訳ないと思う





この調子だとしばらくこの記事はシリーズで続くと思うが





内容は多分

ずっとこんな調子だろう





でもその方がいいんだ






自分を高く売るハウトゥよりも






好条件の相手を落とすハウトゥよりも





まず自分に正直である事が





マッチングアプリ攻略

どころか






パートナーシップ攻略

どころか






人生攻略の

最大のコツだからだ




あなたには






ステキな誰かに出会う前に

ステキな自分に出会ってほしい








王子様に見そめられなくても

お城に連れられずとも








あなたはあなたに

相応しい場所を





あなたらしいやり方で

見つけている未来を





僕は見てみたいんだ





つづく






ヤスコロリにマシュマロを投げる | マシュマロ匿名のメッセージを受け付けています。昼は美容師、夜は性感セラピストです。セラピストの活動を包み隠さず公表しながらサロンのお客さまの恋愛、性の疑問、お悩みにお答えしています。心理学、コーチング、エネルギーヒーリングを学んで身についた知識と、自身の恋愛、二度の結婚やサロン経営のなかで得た体験が誰かの助けになれば嬉しいですリンクmarshmallow-qa.com

元セラピストに性に関する悩み相談、質問を完全匿名で聞けます!重い相談から、ちょー軽い質問まで、なんでも気軽に聞いてください。※質問と回答は当ブログで公開させていただく場合があります


こんにちわ

実はシャイな性格の

元女風セラピスト

ヤスコロリです






昔、「シャイな男は成功出来ない」と言われた事を未だ根に持つ粘着性も持ち合わせています




僕はテレビをずっと観なかった



ワールドカップも野球の世界大会もオリンピックも観なかった



僕は21歳で一人暮らしをはじめて以来、最初の奥さんと暮らしていた一時期を除いて、テレビの線を繋いでいなかった



と、言うと
静かな生活を好む文学青年だったかのようによく誤解されるのだが、そんな事はまったく無い



若い頃の僕はテレビ(地上波)を観るかわりにAVを観て、テレクラに電話してと忙しかった

ちなみに本を読むのは決まってオナニーした後の賢者タイムだけで

自分の中のいちまつの罪悪感を打ち消すために、そういう時ほど難しい本を読みたくなったものだ



陰キャだけど社交的ではあった僕は
常に積極的にセックスの機会を伺って、チャンスとあれば夜中だろうと福岡の街に出かけていった



そんな僕にとって、テレビは刺激が乏し過ぎて、あれは歳とってから観るもの。という認識だった



53歳の今は

そんなに生き急がないでさ、金曜ロードショーとかミュージックステーションとかお菓子たべながら観たらいいじゃん

…くらいの事をその当時の自分に対して思う



長じてからはスピリチュアルに傾倒して、「ニュースを観ると波動が乱れる」「流行り物は集合無意識に乗っ取られる」と言って

やはりテレビを観なかった




でもそんなことを言いながらもエロ動画は欠かさず観ていたのだから



「集合無意識に乗っ取られる」が聞いて呆れる



まあなんというか



僕、ヤスコロリは
そんな、面倒くさくて
可愛い人間なんです











セックスの醍醐味が

男女のお互いの局部への刺激と
女性のオーガズム
男性の激しい腰の動きからの射精

そんな認識だったとしたら



それはセックスを知っているようでセックスを知らぬ輩



経験してきたようで得たものは少ない浅はかな輩



身体は大人でも、もしかしたら心はまだ中高生のような、軽薄な輩なのかも知れない



僕は、結婚も離婚も経験して、それなりに「成熟した大人」だったはずの40代

相変わらず刺激を求めて
「いろんな人との」セックスを求める、実際は未成熟な輩だった




色んな人とセックスしたがる事に、いいも悪いも無い事は、魂や人間の心について、多少学んだ今ならわかるけれど

でもその時の僕は

本当のセックスの醍醐味を
全然わかっていなかったくせに

ただただ表面的に
新しいセックスを求めて生きていた



早漏に悩んで
それでも相手を喜ばせたくて愛撫のテクニックを真剣に研究していた姿は

女性を真に想う求道者のようでもあったが

それでも僕は

セックスの本当の「良さ」を
まるで解っていなかったのだと思う



セックスの上手い下手が
男同士でも女同士でもよく論じられるが

そういう場の空気は
決まって空虚で嘘くさい




誰もが本当のことを話さず
誰もが自分を盛って話す



そこで語られているのは
本物のセックスではなく

集合無意識が作り出した、強い刺激が脳を痺れさせる、まるで食品添加物のような「幻想のセックス」だ



これからメチャクチャ当たり前で
ある意味つまらない事を言うので
心して読んで欲しい




本物のセックスとは

心から愛し合う二人が
お互いに自分の全てを曝け出して行う、愛の儀式だ

刺激はあるが、それはメインディッシュではなく、サラダのドレッシング程度の扱いだ



上手いか下手かは関係がない

なぜそう言い切れるかと言えば

お互いに何の隠し事も無くなれば、自然とセックスについても話し合う事が出来るようになるので

時間を待たずに、二人のセックスは飛躍的に「良く」なっていくだろうから



僕があれほど気にしていた「早漏」は、今のパートナーとの間では何の問題でも無くなった

セックスは二人でするものだから
お互いの工夫によって、早漏だろうと濡れにくかろうと

win-winのセックスは可能なのだと言う事も

今のパートナーと出会って
僕は確信を持つ事が出来るようになった








テレビを頑なに観なかった僕は

あの時いったい何と戦っていたのだろう



早漏治療に何十万も費やした、あの時の僕は、いったい何をそんなに怖れていたのだろう



不倫のセックスが最高になりにくい理由は

多くの場合、二人の関係が「嘘」から始まるからだ

因みに僕も不倫は経験があるから
妄想で言ってる訳じゃない事は解ってもらえると嬉しい



最高のセックスとは
正直なセックスだ

最高のセックスとは
誠実なセックスだ





しゃらくさいテクニックなんて
犬の餌にでもして仕舞えばいい



不倫が悪だとは全く思わないが
(経験者は語る)



陽のあたる場所で
びっくりするくらい開けっぴろげに「ヤる」セックスの素晴らしさを

あなたにも味わって欲しいと

陰キャで面倒くさい性格の僕だからこそ



今は心から思うんだ




おわり






ヤスコロリにマシュマロを投げる | マシュマロ匿名のメッセージを受け付けています。昼は美容師、夜は性感セラピストです。セラピストの活動を包み隠さず公表しながらサロンのお客さまの恋愛、性の疑問、お悩みにお答えしています。心理学、コーチング、エネルギーヒーリングを学んで身についた知識と、自身の恋愛、二度の結婚やサロン経営のなかで得た体験が誰かの助けになれば嬉しいですリンクmarshmallow-qa.com
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こんにちわ

ヤスコロリです

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

昨日は1時間坂道を歩いて

ジムでインターバル走20分

筋トレ50分

下半身中心にストレッチ30分

をした

 

 

 

 

今朝も起きてすぐ

近所を50分歩いて

帰ってストレッチしてから

美容室の開店準備をした

 

 

 

中学時代は陸上部だったが

その頃より

52歳の今の方が圧倒的に

熱心にトレーニングしている

 

 

 

そもそも最初にトレーニングを始めたきっかけは

 

1年前に修了したコーチング講座の中で、同期全員が3ヶ月間毎日走る宿題を出された事だった

 

 

 

宿題はその後

さらに3ヶ月延長されて

 

 

 

半年間走り続けた

俺達は自信を深め

 

 

 

同期の二人は後にフルマラソンに挑戦し

 

 

 

俺は去年12月に性感セラピストになったのをきっかけに今度は筋トレをはじめた

 

 

 

5年間女装していた美容師は

次は男性性を取り戻すために

女風セラピストとなり

 

女装時代はメリットだった(レディースの服が入るから)ガリガリの身体に

 

ほぼゼロから肉の鎧を纏うべく

日々トレーニングに打ち込む事になった 

 

 

 

 

 

 

 

筋トレ経験者なら

誰しもが知っていると思うが

 

 

 

筋肉というのは

驚くほどついてくれない

シロモノだ

 

 

 

俺も一年やって

ようやく解ってきた

 

 

 

 

筋肉とは

 

 

 

 

 

1ヶ月したくらいでは

何も変わらない

 

 

 

3ヶ月やって

少し自覚出来るくらい

 

 

 

 

半年過ぎて

たまに人が気づいてくれるかも

 

 

 

 

1年、2年、3年と

年単位で育てていかないと

 

 

 

 

「細マッチョ」にすらなれない

 

 

 

人からの賞賛をモチベーションにするには、見返りを貰えるまでのタイムラグがあり過ぎて

 

 

 

多くの人が

早晩諦めてしまうのも

仕方ないだろう

 

 

 

 

俺も最初はてっきり

本気でトレーニングやれば

 

3ヶ月もしたら

女性受けナンバーワンの

細マッチョくらいいけるだろうと

 

 

 

ちょー

甘々の読みを待っていた

 

 

 

 

そして筋トレ始めて3ヶ月後

今年3月あたまに

上裸写真を撮り

 

昨年12月に撮った写真と見比べて愕然としたものだ

 

 

 

 

 

昨年12月 58kg    今年3月 65kg

 

 

間違い探しかと思うくらい

自分でも違いが

解らなかったのだ

 

 

 

いや。ちょっとはついたけど

自分の期待したのとはだいぶ違う感じだった

 

 

 

 

 

今やっと一年経ち

俺は心から

ジムで日々筋トレに励むマッチョな人々を尊敬している

 

 

 

 

野球選手や、格闘家、アスリートと呼ばれる全ての人たちのこともバチ尊敬している

 

 

 

 

人は体験しないと

「実感」が出来ない

 

 

 

 

かつては完全に他人事だと思って

 

筋トレなんて中身に自信の無い男の自己満足だ

 

なんて本気で

言ってたんだから笑える

ごめんなさい

 

 

 

 

 

やった事もないのなら

その事に関しては

出来るだけ謙虚でいた方がいい

 

頭ではそう解っていても

ついつい人は、したり顔で余計な事を言ってしまう

 

 

 

俺は以前

有名人を小馬鹿にしたり

成功者を批判したりもしてたけど

 

 

 

 

それはほんとに

カッコ悪いことだから

やめた方がいいよ

って

 

 

 

過去の自分に手紙を出せるなら

 

赤のマッキー極太でそう書いて

きつく忠告してあげたい

 

 

 

 

 

 

今年6月 67kg 半年でここまで来ました

 
 
 
 
 
 
セラピストを辞めた今
それでもなんでこんなにトレーニングに勤しんでいるのかというと

 

 

 

 

狩猟を始めようと思ったからだ

 

 

 

俺は子供の頃から狩猟や

猟師のライフスタイルに

関心があった

 

 

 

関心はあったけど

なんか怖くて近づけなかった

 

 

 

だからこんな映画を観たり

 

IN TO THE WILD

 

 

 

 

 

こんな本を読んだりして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気分だけ

狩猟の世界に浸ってみたりしてた

 

 

 

でもそれらは所詮

擬似体験であって

 

「セックスしたいけど

マスターベーションで我慢する」

に似たもどかしさを

いつもどこかで感じていた

 

 

 

そういえば

性感セラピストを一年体験したら

俺の中に10代からずっとあった

 

女性の身体に対するモヤモヤした感情が殆ど無くなった

 

 

 

もしかしたら俺は

狩猟を体験する事で

 

暴力や、死に対する

そこはかとないモヤモヤを

払拭したいと思っている

のかも知れない

 

 

 

そんな心境に至るのに

一年続けた筋トレの影響は

ものすごく大きかったと思う

 

 

 

 

少なくとも

女装時代の自分が

あのままの姿で狩猟を始めようとは思わなかっただろうと思う

 

 

 

 

過去を否定する気持ちは

微塵もないけど

 

一年前ひょんなことから

トレーニングを始めて良かった

 

 

 

なんか怖いし

虫とか多そうだし

危険もあるし

 

狩猟がやりたい事かどうかは

正直今もわからないけど

 

セラピストと同じように

実際やってみたら何かが見えてくるんだと思う

 

 

 

 

という事で

12月7日に狩猟免許の試験を受けてきます

 

 

今年11月 69kg  我ながらよく頑張った。

 

 
 
 
 
俺は臆病な子供で
背が高くてヒョロヒョロで
 
小学5年で同級生の女子からいじめられて「もやし」と呼ばれていた
 
 
 
大人になってからも
痩せすぎた身体が本当にコンプレックスで
 
 
 
付き合っている女性から
「捕まった宇宙人みたい」
と言われたことを
 
 
 
恨みのように
ずっと忘れられずにいた
 
 
 
 
なのに不思議なのは
俺は52年間
自分は筋肉がつかない体質だ

って思い込んでいたんだ

 

 

 

体質だから

筋トレしても無駄だ

 

 

 

そう思う事で

ジムでマッチョな人の隣に立って

自分の身体を晒す事から逃げていた

 

 

 

そう。あなたが思ったように

 

 

 

 

誰も俺の身体なんか

見てる訳がないのにね

 

 

 

 

こうやって

俺たちの自意識は

事実をすぐに読み間違える

 

 

 

 

スカート履いて化粧して

街を歩いてた時の方が

 

 

 

 

よっぽど目立ってた

と思うのだが

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちわ

 

美容師

元女装家

元性感セラピスト

そして魂の探究者ヤスコロリです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕、ヤスコロリは52歳

気がつくと美容師になって30年が経ちます

 

 

 

 

 

美容師歴30年。と自己紹介すると

コツコツひとつのことに取り組んできて偉いですね。的な事を言ってくださる方もいらっしゃるのですがそんな事はなくて

 

 

 

 

辛く苦しい経営難の現実からとにかく逃れたくて仕方ないときもあったし

 

 

 

 

 

 

 

辛さから逃れるために楽しいことに逃げてたときもありました

 

 

 

 

 

 

 

そしてある日女装に目覚め

 

 

 

 

 

 

 

そしてそして

ある日性感セラピストになったり

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
…というよくわからない経歴の持ち主が
僕、ヤスコロリです
 
 
 
 
 
そんな僕ですが…
 
 
 
僕の人生に起きたことは全て
スピリチュアルな自己探究の道に予め用意されていた必然的な出来事だった
 
と今は思えています
 
 
 
人生はよく映画に例えられますが
 
 
 
映画ってクライマックスのカタルシスや
感動のラストに向けて
 
その手前では主人公に様々な障害や
困難が与えられ、失敗やもどかしいやりとりが繰り広げられ
 
観客をヤキモキさせるじゃないですか
 
 
 
 
あんな感じで人の人生も
色んな事があったり
色んな人に出会ったり
色んな体験をしたりするんだけど
 
 
 
 
でもどこかのタイミングで
無関係に思えたそれぞれの体験の意味が
あるときガシャッとつながる感覚があったり
 
 
 
 
何年も何十何も経ってから
昔言われた言葉の本当の意味に気づいて
ひっそり泣いたり
 
 
 
 
そうやって
人生という自分の物語が
少しづつ育っていくんだと思うんです
 
 
 
 
若い頃は
わかりやすく大成功をしたり
超人的な働きを感謝されたりする
 
わかり易いベタな脚本を
自分の映画(人生)に求めがちですが
 
 
 
 
 
でも経験を積んで目が肥えてくると
そんなありがちな話だけが
「いい映画」じゃない事がわかって来ます
 
 
 
 
僕も年齢を重ねるなかで
 
 
 
 
セリフも動きも少ない
「地味なシーン」に
心情を揺さぶられるようになったり
 
 
 
 
善と悪の狭間で葛藤する
人間の弱さや脆さに
共感出来るようになったりしてきました
 
 
 
 
そして、「感動」にも
 
浅いもの(思考的なもの)から
深いもの(スピリチュアル的なもの)まで
 
様々なレベルのグラデーションがある事を
理解出来るようになりました
 
 
 
僕は自分の人生に
スピリチュアルなレベルな感動を求めていて
 
 
 
 
その想いが結果として
 
女装だったり
 
人を雇っての新たな挑戦だったり
 
「風俗」だったりに
 
向かわせてきたんだと思います
 
 
 
 
普通に理解してもらうのは
難しいかも知れないですが
 
僕の中では
スタッフを雇って美容室経営に邁進する事と
性風俗の世界に足を踏み入れる事は
 
 
 
 
自分の枠を超えて
新しい体験をするという意味において
同じような意味を持っていました
 
 
 
だから、知り合いから見ず知らずの人まで
誰でも読めるこのブログに
 
「10店舗経営目指します」
と息巻いていた僕の足跡も
 
「性的な意味で女性を解放したい」
と熱い想いを吐露していたときの姿も
 
そのままで残してあります
 
 
 
合理的な一貫性の無い
僕の人生のあれやこれやが
いったいこの先どんな伏線回収を見せるのか
 
 
 
 
普通に理解するのは
きっと難しいとは思いますが
 
僕は結構本気で楽しみにしているんです
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

先日がんになったお客さんに向かって

 

僕は

「スピリチュアル不足だよ」

と言っていた

 

 

 

 

目の前の現実に囚われるあまり

内面世界で日々膨大に出されている

様々なサインを

 

彼女が見逃しているように感じたからだ

 

 

 

 

人の人生に降りかかった災厄を前に「スピリチュアル不足」とは何事だ

 

 

 

そう思われるのは怖かったし

言うのを躊躇してたから

 

言う前はしばらく

口をもごもごさせていたと思う

 

 

 

 

でも僕は彼女に

彼女の本当の強さを思い出してほしかった

 

 

 

 

人生に起こる様々な出来事は

 

 

 

 

表面的には

 

複雑で解決困難に見えたり

途方もなく大きくて

自分には手に負えないように

見えたりするが

 

 

 

 

目を閉じて深呼吸し

思考の声を頭から追い出せば

 

内面の静寂な世界においては

自分に扱えない問題なんて無いことを

 

僕も彼女も

最初から知っている事を

思い出してほしかったのだ

 

 

 

 

「また余計なことを言ってしまった」

僕の思考はそう悔やんでいたけど

 

それを聞いた彼女の顔は穏やかだった

 

 

 

 

彼女はまっすぐに

僕の言葉を受け取り

 

今直面している現実の嵐に

必要以上に目を向けないようにして

自分の内面の声に改めて耳を傾けてみる

と言ってくれた

 

 

 

 

僕は彼女の勇気に

心からの畏敬の念をおぼえた

 

 

 

 

 

 

 

 

2か月前ほど前

脳梗塞で倒れ

半身に後遺症が残った男性のお客さんに

 

 

 

「これで箔がつきましたね」

とメッセージを送った

 

 

 

 

「お前に何がわかるんだ!」

そう思われる事に

僕の思考は怯えたけれど

 

 

 

 

その方の奥さんから

「主人はすごく勇気づけられてましたよ」

と聞いてほっとした

 

 

 

 

僕は北海道の地元に

事故で身体が不自由になった

友人がいた

 

 

 

21歳の1年間

僕は毎週末の夜彼を連れて

他の友人宅や、田舎町なりの盛場に行き

帰りは彼を家まで送る運転手をやっていた

 

 

 

彼とは高校時代特に親しかった訳でもなく

グループの中の一人として付き合っていただけだったが

 

 

 

事故後、彼が自室に篭りきっていた姿を見かねて

どうせヒマだからと毎週の運転手を

自然にやることになったのだ

 

 

 

 

土曜の夜僕が迎えに行くと

麻痺した半身を懸命に起こしながら

堰を切ったように話し出す彼に

 

陽キャラで人気者だったのが一転

周りとノリが噛み合わなくなって

溝が出来てしまった彼の孤独な日常が

垣間見えた気がした

 

 

 

 

あの時の僕は

彼にかける言葉を持っていなかった

 

 

 

 

「弱気になるな」

「頑張れ」

 

 

 

 

健常者の暴力的な励ましに

聞こえたかも知れない。

そんな言葉でしか

 

僕は彼に接する事ができなかった

 

 

 

あれから何十年も経つが

彼のことは今もよく思い出す

 

 

 

あるときは懐かしい思い出として

あるときは後悔として

あるときは罪悪感を伴って

 

 

 

 

地元の友人をとおして

彼の連絡先を手に入れた事があった

 

 

 

電話をかけると家族が出て

高校時代の友人だと告げると

 

「そっとしておいてやってください」

 

 

 

そう言われて

取り次いでもらう事はできなかった

 

 

 

今の僕なら

彼にどんな言葉をかけるだろう

 

そして彼は

それになんて答えるだろう

 

 

 

 

人生という物語を

彼は今どんな風に紡いでいるのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

自分なりの体験を

どれほど積み重ねようと

 

 

 

 

人の痛みなんて

本当のところ俺にはわからない

 

 

 

 

自分で体験した事ない事に

穴熊みたいに首を突っ込んで

えらそうな事言ってる俺は

 

 

 

ただの迷惑な

自己満野郎なんじゃないか

って

 

思うことなんて

しょっちゅうだ

 

 

 

 

それでも俺は

どうしても言いたい

 

 

 

俺たちの人生で起きる

どんな出来事より

 

 

 

 

俺たちの内面世界は

美しく雄大だ

 

 

 

 

人生に何が起ころうと

起こるまいと

 

 

 

俺たちの内側には

それをはるかに超えるスケールの世界が広がっているんだ

 

 

 

 

「現実」から「逃避」せず

それと真正面から向き合う強さは

 

 

 

 

 

あなたの内面に

どこまでも広がる草原を歩けば

 

 

 

 

四葉のクローバーより簡単に

見つける事ができるんだ

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちわ

ヤスコロリです

 

 

 

 

 

 

 

ヤスコロリとは気ままな雑食生物です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セラピストを辞めた

 

 

 

 

理由は

 

 

①意欲がわかなくなったから

 

 

②優先するものが変わったから

 

③体験としてもう満足したから

 

 

 

 

なのだが

これを本音に翻訳すると

 

 

 

 

やる気なくなってきてたところに

好きな人が出来ちゃったら

とうとうやる気がゼロになっちゃった

 

 

 

となる

 

 

 

 

なんだそんな普通の理由か

 

 

 

 

ヤスコロリに

「普通じゃない何か」を期待するあなたは

 

もしかしたらそう思うかも知れない

 

 

ブログにこんなタイトルつけるくらいだからね

 

 

 

 

 

 

当の本人だって

マッチングアプリで真剣交際出来る相手を探しながら

 

 

 

セラピストの仕事を

理解してくれることを

交際条件としていたくらいだったから

 

 

 

 

俺は当初は

彼女が出来たからってセラピスト辞めるなんて微塵も思っていなかった

 

 

 

 

風俗嬢が

仕事と、プライベートの恋愛をきっちり分けられるように

 

 

 

 

彼女がいても

「仕事として」割り切って、見知らぬ女性を性的に満たす事は

 

俺にはまったく

難しいことじゃないって

 

結構真顔で人に話していたような気がする

 

 

 

 

結論から言うと

それは俺の

大いなる勘違いだった

 

 

 

 

心から信頼出来て

お互いの全てを相手に委ねられるような

 

そんなセックスを経験すると

 

 

 

セラピストとしての「施術」は

どう頑張っても空虚な気がして

 

俺はそれを苦痛とすら感じるようになってしまったのだ

 

 

 

 

すごくプライベートなことを

ブログに書くのはあまり

いい感じじゃないかも知れないが

 

 

 

 

端的に言って

よーことのセックスは

最高の最高だ

 

 

 

 

なにも怖れる必要がなく

なにも隠さなくてよくて

なんの誇張も必要とせず

 

愛情と信頼があって

心からリラックスした状態で

笑顔で行えるセックスを俺は体験した

 

 

 

 

 

言葉にすると

どれも違う気がして

すごくもどかしいけど

それは

 

 

 

 

奪うだけでも

与えるだけでもない

まさしく

「エネルギーを交換している」

かのようなセックスだった

 

 

 

 

見果てぬ性の真実を

女風セラピストという仕事を通して、この目で見たいと思っていた俺は

 

 

 

結局、

好きな人とのセックスは最高だ


 という、拍子抜けするくらい当たり前の答えにいきついた

 




そして




最高の最高のセックスとは




 

どんな汚い自分もこの人なら受け止めてくれる。

 

お互いがそう心から信じられた時に

 

 

春一番のように

やってくるものらしい

 

 

 

恋愛とは

「起こる」ものである

 

岡田斗司夫のこの名言を借りるなら

 

 

 

最高の最高のセックスもまた

 

神の采配によって向こうからやってきて

 

地震や雷のように

突然「起こる」ものなのかも知れない

 

 

 

良いセックスをするには

知識もテクニックも

もちろん大切だが

 

 

 

それより大切なものは

 

 

 

雨が降ろうが

槍が刺さろうが

 

この人と共に生きたいと

切に願う純な気持ちが

 

どれほどお互いの心の深い部分から湧き上がってくるか。なんじゃないのか

 

 

 

 

そしてそんな想いの

純度が高ければ高いほど

 

 

 

 

二人の間にはそれが

「起こる」のかも知れない

 

 

 

 

 

 

 

内側があって

外側がつくられる

 

 

 

意識や心が変わって

やがて現実がそれに引っ張られるように変わっていく…

 

 

 

自己啓発やスピリチュアルの世界では、耳に穴が開くほど聞かされてきた話だけど

 

 

 

セックスにおいても

やはりそれは真実なのだろう

 

 

 

その人と居るのが幸せだから

その人とのセックスは気持ちよくなるのだ

 

 

 

ヤスコロリには

幸せになってほしくない

 

 

 

何人かの友人からそう言われた事がある

 

 

 

 

複数恋愛してたり

 

性に奔放だったり

 

カッコ悪く振られて寂しさに打ちひしがれたり

 

 

 

 

そんなヤスコロリの姿を

見ていたい

 

友人たちはそう言う意味で

 

「普通」の幸せなんて

ヤスコロリには似合わないよ

 

 

 

そう言っていた

 

 

 

 

そして俺自身も

 

俺という生き物の人生には

 

人並みの幸せ

 

とか

 

人間らしい営みなんて

相応しくないんじゃないか

 

 

 

 

結構本気で

そう思っていた時期がある

 

 

 

 

でもそれが如何に浅はかで

自分の本当の欲求に背く

自傷行為的な思考だったのか

 

よーこと出会った

今ならよく解る

 

 

 

 

俺は今幸せだから

 

 

 

 

友人たちや

美容室のお客さんの幸せも

 

 

普通に願う事が出来る

 

 

 

俺は幸せだから

 

 

 

これを読んでるあなたも

 

 

 

 

幸せであってほしい。なんて

おせっかいな事も思うことが出来る

 

 

 

誤解しないで欲しいのは

 

 

 

俺は今恋愛をしているから

幸せだって言っているんじゃないよ

 

 

 

最高の最高のセックスがあるから

だから幸せだ。なんて思ってはいないんだ

 

 

 

そうではなくて

たとえ俺が結果を出さなくても

たとえ全ての人から非難されるようなことがあったとしても

 

自分が帰ってもいい場所が

いつも心の中にある事実が

 

 

 

俺を幸せな気持ちに

させてくれるんだ

 

 

 

 

打てば響く打楽器のように

大切な人の幸せに加担できる事が

 

 

 

ほんとうに

幸せなんだ

 

 

 

 

 

 

 

もうずいぶん

若い頃の話だ

 

 

 

 

とある既婚女性と

不倫関係にあった

ヤスコロリ青年は

 

 

 

ただただヤリたい一心で

彼女と逢瀬を重ねていた

 

 

 

しかしある日

彼女の旦那さんに

不倫現場を目撃されて

 

 

 

俺たちの関係はそれで終わった

 

 

 

俺は彼女の旦那さんとも

彼女の小学生の息子とも

顔見知りだった

 

 

 

今でも憶えているのは

彼女の車でホテルに向かう時に

 

道端で友達と遊んでいた息子が 

ずっと俺たちを目で追いかけ続けていた姿だ

 

 

 

そして不倫発覚から

ずいぶん後になって

彼女の旦那さんが

当時の俺の職場を訪ねてきた

 

 

 

ずいぶん会わないうちに

痩せて別人のようになった

旦那さんは

 

 

 

俺を責めるわけでも

嫌味を言うわけでもなく

 

 

 

ショートケーキと

 

ほんとうに大変だったよ

というひと言だけを残して

 

帰っていった

 

 

 

 

その頃の俺は

幸せよりも

大きな成功や

強烈な刺激を欲しがっていて

 

 

 

自分の行動の結果が

周囲との不協和音となっていることには意識を向けていなかった

 

 

 

色んな人から許され

色んな人に尻拭いしてもらっていたことにも

 

 

 

 

まるで気づいていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

よく無事に生きてこられたと

自分でも思う

 

 

 

不幸せの胞子を撒き散らしながら

あてもなく飛びまわる羽根虫みたいに

 

 

 

俺はあらゆる人にとっての

迷惑な存在だった

 

 

 

 

 

人生の少なくない時間

俺は他人の不幸に加担してきた

 

 

 

そんな俺だからこそなんだ

 

俺はあなたの幸せを

心から願いたいと思う

 

 

 

あなたの過去に

どんな過ちや

愚かな行いの跡が

消えずに残っていたとしても

 

 

 

あなたは

幸せになったほうがいい

 

 

 

後悔や

申し訳ない気持ちが

満員電車の中で襲ってきて

自分を許せなくなったとしても

 

 

 

 

だからこそ

あなたは

幸せになった方がいいんだ

 

 

 

たった一人の幸せに加担して

相手からも心からの愛を受けとったとき

 

 

 

あなたは過去を

悔いるのではなく

 

未来のために

種を蒔きたいという

欲求が湧いてくるはずだ

 

 

 

その実りを受け取るのは

 

 

 

 

見ず知らずの

誰かかも知れないが   

 

 

 

 

その人の寂しげな背中は

 

 

 

 

かつてのあなたのそれに

よく似ているはずだ

 

 

 

 

 

 

おわり