新作能「村重」奉納の会 有岡城跡にて実施 (有岡mami) | 荒木村重研究会ブログ

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荒木村重研究会は「荒木村重研究序説」(瓦田昇著)の発行をきっかけに翌年1999年に伊丹で誕生しました。
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令和 4 年 6 月 2 日(木)11 時~12 時、有岡城跡にて新作能「村重」奉納の会を開催した。村重 の命日 5/4 の旧暦にあたることからこの日に実施したが、6/2 は奇しくも織田信長の命日であり、 今年は本能寺の変からちょうど 440 年目にあたることにあとで気づいた。 当初の雨の心配から一転、熱中症対策として、早くにお越しくださる方には整理券をお配りした り、観客席を木陰に移動、念のためテントも設営して・・・とこの地での 3 年ぶりのイベント実施 に勘を戻しながら有岡小学校区まちづくり協議会のみなさまとともに手分けして準備。

10 時前から続々とみなさまお越しくださり 11 時には総勢 130 名くらいになって、いよいよ会の スタート。

 荒木村重研究会会長の森本さんから開会の挨拶として、村重がこの有岡城の本丸で大阪泉州堺の千 宗易(千利休)などを招いて能を演じたことが記録に残っているとお話いただき、村重はお茶にも 能にも通じる文化人であったことを改めて認識する。 作者で能楽小鼓方大倉流の上田敦史さんから新作能の謡本作成に至る経緯や想い、見どころなどの 説明や、能楽師のみなさまのご紹介をいただき、能楽師のみなさまが謡本を捧げて黙とうし、能の 舞、地謡、小鼓を披露してくださった。

新作能「村重」は、 切腹を間近に控えた千利休が愛用の茶器を手にしているところに不思議な男が現れ、一服のお茶を 所望。茶室で男は自分が村重の霊であることを打ち明け、有岡城の戦いの真の姿を見てほしいと言 い消えていく。夜更けに武将姿で現れた村重の霊は有岡城での戦いを再現し、過酷な状況下で戦い 露と消えていった家臣や一族への想いを胸に、その悲劇を嘆きながらも、最後は全ての御霊様が救 われることを祈って合掌し、妻だしと交わした和歌を口ずさみながら朝もやの中に消え昇天してい く。

という筋書きで、 能楽シテ方観世流の梅若さんが、有岡城での戦いの場面を披露し、有岡城跡にある村重とだしの歌 碑の歌詞を響かせながら迫力たっぷりに演じてくださった。 この歌碑の歌の解釈についてはちょうどこの 4 月の例会で取り上げたところ。~あまのかけ橋~は

 もちろん~天のかけ橋~に通じるのだろうと大空を見上げる。 「まるで村重の魂が乗り移っているみたい!」「言霊?声の響きが素晴らしい!」観客のみなさま も幽玄な世界の余韻にしばらく浸られていて・・・村重の魂はじめお亡くなりになられた全ての御 霊様がどれほど喜んでくださっているだろうと想像する。 その後荒木村重研究会メンバーの村重の子孫をみなさまに紹介する。村重の子孫は岩佐又兵衛以外 に生き残っている人はいないと思われている人が多いが、実はその時点での子孫の多くが戦国武将 のネットワークにより助けられていること、現在もその子孫が全国におられることなどを伝え、子 孫お 2 人から直接みなさまにメッセージをいただいた。

 有岡小学校区まちづくり協議会会長の伴さんから、有岡城跡のある歴史のまち

 有岡の活動として、これからも優れた歴史企画を発信し、みなさまと楽しんで

 いきたいと閉会の挨拶をいただき、新作能「村重」奉納の会は終了。 素晴らしい会になった。 ご協力くださいました全てのみなさまに心より感謝申し上げます。