先生 という呼称の職業につく人は あんまり大したことない
っつか胡散臭い。と常々思う私は
まあバチ当たりでひねくれてると思う。
昨日、高校の担任の先生が亡くなった。
去年の夏から長く患ってらして、来月の定年退職を前にした訃報だった。享年62歳。
「今の私があるのは先生のおかげです!」なんて言葉は
新人候補が選挙区で
先輩代議士のハゲおやじに向かって絶叫するとき位しか使わないもんだと思っていたが、敢えて使う。
今の私があるのは、和田先生、貴方のお陰です。
えげつない高校だった。
1日7時間授業。生徒会、文化祭、体育祭なし。夏休みは2週間。
英語の授業は英語で進み、夏は日本語禁止のインターナショナルスクールで合宿、1日最低2時間の外国語の授業、月例試験。
まことにスパルタであったが、先生は飄々と歌うみたいに英語を話し、「語学が出来るのは絶対的にカッコいいことだ!」と私に刷り込んでくれた。
そこそこ良い大学に進学出来たのも、間違いなく、試験の英語の出来で引っ掛かったから。
ある生徒は、
世界中の羨望と憎悪を一手に引き受ける超大国の、リンゴという名の街で、てんこ盛りのゲイと猛女に囲まれながら毎日をサヴァイブし、
またある生徒は、
「避妊出来るか否かが人間と動物の境界線よ」と名言を吐きながら、たくさん幼子の笑顔を守り、あらゆる暴力、(時にそれは実の親からだったりする)、から彼らを遠ざけようと奮闘している。
またある生徒は、
あんなに英語がキライだったのに、留学し、今は幸せな結婚をし、
またある生徒は、
パッとしてたのは大学までだが、先日、お好み焼き屋で偶然に隣り合わせた米国人に「お好み焼き」を説明する程度の語学力は残しており、がしかし、「ポン酢」が伝わらず四苦八苦。
思い出したかのようにTOEICの勉強を開始しちゃったりするおっちょこちょいである。
先生、蒔いた種はちゃんと発芽しているでしょ。
和田先生、本当にありがとうございました。
どうぞ安らかにお眠り下さい。
ご冥福をお祈りします。