とけいのじかん5
老い
うんと若いころ、老化現象といのは身体の諸機能が緩やかな曲線を描くように落ちていくものだと思っていた。
しかし現実はちょっと違った。
右肩下がりは間違いないが階段状にある時期に突然ガクンと落ちる。
それまで何だか焦点が合わなくなって目が疲れるなと思っていたら、だんだん近くのものが見え辛くなる。
そろそろ老眼鏡を用意しておくかと、かけ始めたら1年くらいの間に急に老眼が進んだ。
昨年の9月頃に叔父の通夜の席で2歳上の従姉が「老眼鏡も遠中近の3種類必要になるよ」と話していたが、その当時は遠近はともかく中というのがさっぱり分からなかった。
しかし、半年もしないうちに40~50㎝離れたパソコンの画面に表示される小さな文字が読み辛くなる。
仕方ないので初めに作った老眼鏡をかけると焦点があって楽だ。
つまり、これが中距離用の老眼鏡が必要という意味だったのだろう。
ところが今度は同じ老眼鏡では読書などで小さな文字が読み辛くなった。
短期間の間に新たに近距離用の老眼鏡が必要なほど老眼が進んだということだ。
さて、しかし、進んだのは老眼だけではない。
いつの間にか何気ない会話の中で芸能人やスポーツ選手の名前を度忘れして思い出せないことが増えてきた。
酒を飲んで酔ってくると更にひどくなる。
それに加えて新しいことが、さっぱり覚えられなくなってきている。
トンボ本を繰り返し読んでも、オールド国産腕時計の製品名や内容をほとんど覚えていない。
「ゴールドフェザーって、どっちの精工舎だったかな?」とか「ダイヤモンドフレイクはいつごろの製品だったかな?」といった具合だ。
仕方ないのでノートに製品名やキャリバーナンバーなんかをメモするのだけど、それでも歩留まりが悪くて若いころの半分も覚えられない。
うっかりすると、せっかく勉強したことを丸ごとゴソッと忘れていたりする。
もちろん体力も落ちてきた。
昔は少し努力したら10キロくらい走れる体力がついたものだが、最近はすぐに脚腰が痛くなり疲れるばかりである。
ついでにキズの治りなんかも遅くなって困る。
先月、トンボ本のシチズン編を二冊手に入れて読んでみたら、1950~60年代の各社製品の相関関係なんかも分かってきて面白さが倍増し、ついつい机に向かって読書をする時間が増えたのだが、それが悪かったのだろう痔になってしまった。
今までなら無理をせずに2~3日様子を見たら簡単に治っていたから気にもとめていなかったのだけど今回はなかなか良くならない。
もう10日くらい排便時に痛みがある。
数日前から、そろそろシャレにならない痛みになってきたので、なるべく机に向かわないようにした。
当然、ブログも休みがちになる。
それでも少しマシになった程度だ。
「これが老いるということか…」としみじみ感じているのだが、老いというのは悪いことばかりではない。
食欲も性欲も物欲も、だいたい欲と名のつく多くが、だんだん少なくなって性格も穏やかになってくる。
自分自身との付き合い方が上手になってきているということもあるのだろう。
と思っていたら老化も人によってずいぶん違うようだ。
じいさんになっても相変わらずギラギラしている人もいる。
まあ人それぞれだろう。
人様に迷惑をかけない範囲なら好きにしたらいい。
そういえば、歳をとって時計の趣味も変わってきた。
前はとにかく、あれもこれもと欲しかったものだが、最近は“欲望のピント位置”が狭くなったのか、それとも一通り好みのタイプを集めたから満足してしまったのか、とにかく時計を無暗に欲しがらなくなった。
某オクなんかを巡回しても、トンボ本で勉強した製品の出品物をしげしげ観察して、どこまで製造当時の純正なのかとか、前中後期いずれの型なのかとか、とにかく実地におさらいをするような感覚で、それが欲しいという物欲と結びつかない。
おかげで我がささやかな財政は平穏が保たれている。
このケンテックス スカイマンパイロット限定版も手に入れてすぐのころは、分目盛が見辛いのとリューズが手の甲に当たって痛い思いをしたりしたこともあって正直あまり気に入らなかった。
ところが、いつの間にか筋力が落ちて手首が細くなり以前ほど、きつく手の甲に当たることもなくなったし、老眼が進んでどのみち分目盛なんか見え辛くなってきたから、こちらも全然気にならなくなった。
むしろ、この大きなリューズが時刻合わせのときに操作しやすくて気に入っている。
自動巻きだから腕に着けておけば勝手にネジを巻いてくれるから楽ちんだ。
しかも合成皮革のベルトが軽くて着け心地が良いから夜寝るときも着けたまま眠れる。
何よりケースも文字盤も尾錠もみんな黒色だから、キラキラ輝かないのが目に優しくていい。
とにかく最近は視認性の高さが腕時計選びの一番重要なポイントになってきた。
デザインや文字盤色やブランド名よりも見やすくて使いやすいのが一番だ。
老化にともなって好みや趣味も変われば変わるものである。
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