「どうだね、調子は」
彼は医者。それも精神科医だ。軽い欝状態の患者から、
隔離されるほど重度な患者まで幅広く手がけている。
「悪くないですよ」
そして彼が患者。俗に言う欝だがそれほど重度のものではない。
また、彼が欝であることを知っているのはこの医者だけである。
「ならいいんだ。本のほうは進んでいるかね」
「まぁボチボチと」
そう、彼は作家なのだ。それほど人気があるわけではないが、
生活をするには十分なほどの印税をもらっている。
「今度の作品、タイトルは?」
「明確に決まったわけじゃないんですがね。
一応『発作的殺人』と名付けているところです」
「へぇ。精神科医としても興味深いじゃないか」
「そう言っていただけるとありがたいですよ。
しかしどうもアイデアが浮かばない。
やめちまおうか、そう考えていたところです」
「まぁどうするかはもちろん君の自由だがね。
なんだか勿体ない気もする。よかったら途中まで読ませてくれよ」
「ええ、是非」
医者はひと通り目を通した。文才もあり、ストーリーの構成も素晴らしい。
しかし何かが足りない。そんな気がする。
「ふむ・・・」
「どうです。はっきり言ってやってくださいな」
「素晴らしいと思うよ。非の打ち所が無い。
しかし何かが違う気もする。これまでの作品と何かが・・・」
「そこなんです。ストーリーが思い浮かび、
書いているうちはなんともないんですがね。
少し読み返すしてみるとどうにも気に入らない。
しかしどこがおかしいのかもわからない。
もどかしいを通り超えて不思議にすら感じてくる」
「まあ、簡単な仕事じゃないんだろう、小説家なんて。
スランプの一種だと考えればいいさ」
「そういうものですか」
「幸か不幸か、あいにくの欝状態だし、一時的なものだと思うぜ」
「そうですなぁ。気にしないことにしますか・・・」
「ああ、一つ考えがある。私の友人に刑事がいるんだ。
小説のヒントになるようなことも聞けるんじゃないかな」
「へえ。それはありがたいですな。しかし悪く無いですか」
「それがね。どうも彼、君のファンらしいよ。
それに自分の体験談が小説になるなんて悪い気分じゃないはずだ」
「なるほど。それじゃあ是非お願いします」
「ああ、任せなさいよ・・・」
そう言うと医者は煙草を一つ取り出し、窓の外を見た。
「それにしても嫌な天気だな」
作家も窓の外を眺め、同じく呟いた。
「ええ、見事な曇天。余計陰鬱に感じますよ」
外は木の葉が強く揺れていた。今日は風が強いらしい。
空は濃い、黒に近い灰色。それは何かを予兆しているかのようにも感じられた・・・