「この紙に人の絵を描いてください」
医者はそう言うと一枚の紙を手渡してきた。
俗に言う「心理テスト」というやつらしい。
「人の絵と言うと全身かい。それとも顔だけ・・・」
「お任せします」
「全身だとすれば顔の細部まで書いたほうがいいかね」
「お任せします」
「人は1人か?それに周りの風景などはどうするね」
「お任せします」
なるほど。人だけでなく、その様子、また周りの状況で結果を診断するらしい。
しかし普通に絵を描き、上手い、下手の判断されるだけでもまいるというのに、
その上に精神状態まで診断されちゃたまらない。
「どうにも筆が進まんね」
「気楽にどうぞ。私はこちらで別の作業をしておりますから・・・」
部屋から出る気はないらしい。
不正も糞もないのだから一人にしてくれればいいのに。
やれやれ仕方ないと作業を開始し始めることにした。
まずは足。靴を履かせてみよう。いや、やはり靴下だ。
ズボンは長いものか短いものか。よし、長いものだ。
・・・おや、腰が太すぎた。・・・今度は細いか。
さて、服はどうしよう。長袖か半袖か。はたまた・・・。
さていよいよ本命の顔だ。まずは輪郭を整える。
目・・・鼻・・・口・・・おっと、耳も忘れずに・・・。
ふむ、見なおしてみるとなんともずんぐりしている。
もう少し腹を細く・・・これじゃぁミイラだぜ。
そうだなぁ、周りの景色・・・そうだ、森がいい。
木を何本かあしらえて・・・これでいいだろう。
「先生。できましたよ」
「そうですか」
「ところで、教えてくださいな。どこをどう見て判断するんです?」
「それは言えませんな」
「そこをなんとか」
「だめですよ。一種の企業秘密のようなものだから・・・」
そう言うと医者は半ば無理矢理、私を外へと追いやった。
外には看護婦が待っており、私はいっしょに病室へと戻った。
――――――――
その後診察室に戻った看護婦は医者に尋ねた。
「どうでしたか、診断の結果は」
「ああ、全然ダメだ」
「そうですか・・・パッと見た感じでは正常なんですがね?
どこがおかしいんでしょう。先生、私くらいには診断方法とやらを
教えてくれてもいいんじゃないですか」
「ふむ・・・まぁいい」
医者はそう言うと、看護婦に先ほどの紙を見せた。
なんとそこには何も書かれていない。真っさらな白紙だった。
看護婦はそれを見て驚きを隠せない様子だ。
「先生、これは一体・・・」
「簡単なことだよ。つまり私は彼にペンを与えていないんだ。
にも関わらず彼は、彼の思う『人』を書ききったつもりでいる。
挙句、終始ブツクサと・・・。あれじゃ退院どころか、隔離病棟行きかも知れんぞ」