男は古道具屋で一冊の本を手に取った。
表紙には「人生」と書かれており、それ以外は何も書かれていなかった。
「作者も不詳と言うわけか。よほど古い本なのだろう。
おもしろい。ちょうど生き方に行き詰まりを感じていたところだ。」
男はそれを買い、店を出た。
帰り道、早く読みたい衝動に駆られ急ぎ足で帰宅。
家についた男は、早速その本を開いた。
――その男は○○で生まれた。
父親は交通事故により早くから無く、母子家庭にて育った。
「これは奇遇だな。生まれた場所に育った環境、私と類同している」
男は小中高を○○で過ごし、××大学へと入学。
その後、優秀な成績を残し△△社へと入社した。
「なんだか夢を見ているようだ。完全に私と一致している。
怪談話なんぞでよく聞く話だが、まさか我が身に起こるとは・・・」
男は三十歳で係長になり、そして三十五の誕生日の日・・・
男は急いで本を閉じた。おかしい。ここまで完全に一致している。
男は今年で34歳。つまりこの本には未来のことまで書き記されているということだ。
「この本は予言の書、といったところか。
つまりこの本に50で死ぬとあった場合私は本当に50で・・・」
そこで男は思い出した。明日は自分の35の誕生日だ。
つまりこの本には明日起きることが記されている。
「もしも社をクビになるとでも書かれていれば・・・」
しかし、これはあくまで予言であり、知ったところで変わりはしない。
もちろん知らなくても変わりはしないのだ。
男は勇気を振り絞り本を開いた。
・・・そして三十五の誕生日の日、男は課長に昇進。
喜びたいところだが、男は半信半疑だった。特に何をしたという覚えもない。
「しかし、もしこれが外れてくれたならそれはそれで嬉しいこと。
逆に当たれば私は課長になれる。どちらに転ぼうが構わないじゃないか」
男は酒を飲み、その日は無理やり眠りについた。
翌日、男は忘れかけていた机の上の本を見てなんとなく肩が重く感じた。
会社につくと、いつもと変わらない同僚たちとの会話。
定時に行われる社内アナウンス。なんら変わりのない日常。
昨日のことが嘘のようだった。
「あれは夢だったのかもしれない・・・」
男はそう考えるよう努めた。その時、隣の席の同僚に声をかけられた。
「どうしたんだい、やけに滅入った顔をしているが」
「いや、なんでも・・・」
ごまかそう。男は一瞬そう考えたが、やはり話してみることにした。
ひょっとすると笑い話で終われるかもしれない、そう考えたためだ。
「実は昨日・・・」
そこまで話しかけた時だ。
「君。ちょっと私の机まで来てくれるかね」
後ろに部長が立っていた。
「は、はい」
何かやらかしてしまっただろうか・・・。
いや、違う。男は一瞬でそう悟った。昨日の本のことを思い出したためだ。
「ここの課長が別の課に異動したことは君も知っていると思う。
突然ですまないのだが、君に後任として課長職に就いてもらいたい」
ほらきた。ここまでくればあの本を信じないわけにはいかなくなった。
「わかりました。精一杯務めさせて頂きます」
断れなかった。断っていれば本に逆らえたかもしれないのに。
これも本の効力。つまりは運命を脱線させないための力なのかもしれない。
男は部長と共に、取引先に向かった。新課長として。
その取引先で男はある女性と出会った。仮にA子としておく。
A子は品があり、よく気が周り、社内でも人気が高いらしい。
男は、A子を食事に誘った。あくまで取引相手として、だ。
男はその日、上機嫌で帰路についた。
考えてみれば、あの本を読みさえしなければ自分は普通の人生を送れる。
そう考えたため。また、A子との出会いも機嫌を良くする理由の一つであった。
取引相手としてのA子との関係は続いた。
次第に男は暇さえあるとA子の事を考えるようになっていた。
A子の存在こそが生きる糧。生きがいと言っても過言でないほどに。
そして男はとうとう決心を固めた。A子に告白しよう、と。
男は計画を練りながら帰路についていたが、ふと思いだした。
忘れかけていた、あの本のことを。
「私は、明日、A子に告白する。もちろん本に従っているのだろう。
だとすれば、その結果すらも本に書かれているに違いない」
男は悩んだ末、とうとう本を開いた。
未来のことを知らないためにも、最初から1ページずつ、時間をかけて探す。
そしてとうとうそれらしき一文を見つけた。
男は取引相手である女性に好意を持ち、告白を行うことを決意した。
この一文で、そのページは終わっている。
つまり、紙を一枚をめくれば結果が待っているのだ。
しかし男は妙に思った。残りのページがほとんどないためだ。
「一体どういうこと・・・」
しかしそれ以前にまずは告白の結果だ。理由を考えるのはその後で遅くない。
男は神に願った。成功するなら何を投げ打っても構わないとも考えた。
そして意を決し、ページを開いた。
告白は成功。しかし男はその後、信号無視の車に跳ねられ即死。
彼は幸せの絶頂で人生の幕を閉じた。
そんな酷いことがあるだろうか。男は本を床に叩きつけた。
本当に命を投げ打つことになろうとは。
「何か、何か方法があるはずだ」
男は考えに考え抜いた末、ある方法を思いついた。
「本に書き足せばいいんだ・・・」
簡単なことであった。本が人生を忠実に再現するのであれば、
自分で好きなように書き足せばいい。
男は余分な部分を破り捨て、急いで書きたした。
告白は成功。男はその後、幸せな毎日を過ごした。
翌日、男はA子に告白した。A子は快く告白を受け入れた。
男は舞い上がった。ただし、車道には近づかないように。
男はその日、例の本を古本屋に売った。
やがて男はA子と結婚。子供も生まれ、幸せな毎日をすごした。
その日、男は110歳の誕生日を迎えた。
100を超えているとは思えないほどの元気。
男は自分でも変に思っていた。
「そういえば昔買ったあの本。今はどうなっているか。
考えてみれば、あの本に人生を救われて・・・・・・」
そのとき、男は気がついた。
自分が書き足した文の愚かさに。愕然とし、泣き崩れた。
「あの時・・・どうしてもう一言書き足さなかったんだ・・・
老衰により死亡、とでも書いておけばこんなことには・・・」