とあるマンションの一室。男は仰向けに天井を眺めながらぼんやりとしていた。
「はぁ・・・」
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このため息混じりのあくびは、
物語において暇を表現するのに欠かせない存在である。
「暇と多忙。考えてみりゃ紙一重だぜ。どっちも大変だ・・・」
暇と多忙。対局に存在するこの2つの違いにすら気づけなくなるのだ。
暇というのは存外恐ろしいものである。
「うるさいなぁさっきから。君は誰だ」
物語において欠かせない存在とでも言っておこうか。
「なんだい、格好つけめ。この場合主人公は僕だろう。
主人公以上に欠かせない存在など、それこそ存在しない」
確かに主人公は大事だ。しかし誰が君を主人公と決めたか。
今この文をしたためているのは作者だ。
君の運命なんぞ作者の一筆で消え去るということを忘れるな。
「ふん。この物語における登場人物は僕と君だけだ。
ならば主人公は必然的に僕と君のどちらかと言うことになる」
そのとおりだ。そして私は主人公ではない。
「そうだろう。ならば僕が主人公で間違いない」
しかし作者が気まぐれを起こすこともある。
「ん?」
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その瞬間、静かな部屋にインターホンの音が鳴り響いた。
「どちらさまですか」
男は戸を開いた。そこにいるのは男の古くからの友人だった。
「やぁ、暇だから来てみたよ」
「これは奇遇だな、僕も暇をしていたのだが・・・」
「どうしたんだい」
「いやね。今たしかに1人なのだが、だれかと話していた気がする」
「怖いことを言うなよ。暇も度を超えると危険らしいな」
「まったくだ。これだから暇と多忙は紙一重だと・・・」
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また始まった。度を超えると危険と言うのは認めざるをえないようだな。
「思い出した、お前だ、また出たか」
どうやら私は作者が筆を止めた間にだけ現れるらしい。
君ら登場人物が暇をしないようにな。
「冗談じゃない。暇にさせたがってるのは作者じゃないか」
それとこれとは別だ。
私のいない間に行われることは、台本通りに進む劇と同じようなものだからな。
「ひどい言われようだな」
それはそうと、例の友達。やつは主人公じゃないのかい。
「後から登場したやつなんぞ主人公とは呼べまい」
そうとは限らんさ。このあと殺人事件が起きて君は殺されてしまう。
なんてことになってみろ。主人公の座は隣にいる彼のものだ。
「それもそうだな・・・。だったらその前にやつをやっちまうか」
君に任せるよ。私は物語を面白くするための助演者に過ぎないんだ。
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「おい、どうした?」
「あ・・・いや、なんでもない」
男は思った。何かを忘れている。
「すっきりしない顔をしているな」
「ああ・・・」
そしてさらに思った。俺はこいつを殺さねばならない。
どうやって殺そうか。薬殺、刺殺・・・。
しかし薬物などを手に入れるツテがどこにあるか。
ならば刺殺に決まりだ。すこし野蛮だが、殺しに大して違いなどない。
「ちょっと待っていてくれ・・・」
そう言うと男は台所へ向かった。
水道の下にある戸棚を開け、包丁を取り出す・・・そして・・・。
気がつくと男は刑務所にいた。それ以降の記憶はなかった。
「はぁ・・・どうしてあんなことを・・・」
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感心するな。本当にやってのけるとは。
「またお前か、いい加減にしてくれ」
よかったじゃないか。これで主人公の座は君のものだ。
「何を言っているんだ。刑務所に入った主人公なんぞ聞いたことがない」
なんだ。
君は知らされていないのか。
「何を?」
この本の題名が「発作的殺人」だということだ。