「妬(ネタ)み、嫉(ソネ)み、僻(ヒガ)み」と聞いて、いいイメージを持つ人はいないでしょう。


でも現実にはほとんどの人が、この思いを持っているのではないでしょうか?


悲しいかな私自身も持っています。


しかし、「妬み、嫉み、僻み」を持つことで自分自身が一番不幸になることを心得ているので、これらの思いを昇華する考え方は持っているつもりです。


ただ、自分に余裕がない時には、これらの思いの方が勝ってしまう場合もあります。


「妬み、嫉み、僻み」を回避する考え方は、考え方の焦点を現在から未来に移すことです。


現在の損得で考えるからうらやましくなって妬んでしまうのです。


将来的な成長を考えれば、今の状況はチャンスに代わりうる場合がほとんどなのです。


チャンスと思えないのは、自分の考え方がまだまだ未熟だと反省するべきなのです。


妬んで、嫉み、僻んだところで、現実は何も変わらないばかりか、その行為が不幸な未来を引き寄せてしまうので、自分にとっては何もプラスにはならないのです。


妬んで、僻みたい気持ちを昇華して考える事が出来るから、未来も拓けてくるのではないでしょうか?


「妬み、嫉み、僻み」は人間なら持っていることだと思うので、そのあとにどう昇華できるかを訓練していくことが、人が生きていくうえでのテーマの1つではないかと思っています。

私は、人間は自分が幸せでなければ他人を幸せには出来ないと考えています。


私が幸せになれば周りの人を幸せにでき、周りの人が幸せになればその周りの人も幸せになる、という幸せの善循環のスタートは、自分が幸せになることから始まるのです。

 

私の身近には家族、社員、患者様、……と多くの人がいます。


私にかかわる人を幸せにするためには、まずは私自身が多くの幸せを感じなければならないのです。
 
たとえば、仕事において私が多くの幸せを感じ、感謝の気持ちを、社員に分け与えることで社員も幸せを感じ、社員にも感謝の気持ちが芽生えることで、患者様にも幸せを分け与えてあげたいと思えるようになってくるのです。
 
多くの幸せを感じるということは、多くの感謝の気持ちを持つということなのです。


何もなくても感謝の気持ちを持てることが理想ですが、多くの凡人にとっては、何もないところから感謝の気持ちを持つことは不可能なのです。


そこで感謝の気持ちを持つ手段として、自分が幸せである理由を1つでも多く見出すことで、感謝の気持ちが湧き出てくるのです。


感謝するのは訓練や習慣だと思っています。


いいことが起きるから何かに感謝するのではなく、今すでに持っているのに当たり前だと思って感謝し忘れていくことに気付くことで日々多くの事に感謝できるのだと思います。
 
自分の周りの多くの人を幸せにしたいと思っている人は、それだけ多くの幸せを感じる必要があるのです。


「幸せを感じる」ということは、人間として生きていくためには義務ですらあるのです。


「逆も真なり」で、自分の事を不幸だと思えば、周りの人も必ず道ずれにして、不幸にしてしまうものなのです

人はなくて7癖。と言われるように、悪い習慣はすぐ身につきますがいい習慣はなかなか身に付かない物ですよね。


逆に考えれば、いい習慣を身につけるのは大変なことだけに、いい習慣を身につけている人は輝いて見えるのだと思います。


素敵な人、立派な人というのは、いい習慣の蓄積で考え方や行動が形成されている人ではないでしょうか。


特に、いい考え方の習慣がルーティーンになっているから、行動や結果が周りよりも抜きん出ているのだと思います。


目に見える結果は、目に見えない習慣の積み重ねだと信じています。


1つ1つのいい習慣は、小さなことでもそれらが蓄積されることで、その人への評価や出てくる結果が大きく変わってくるのです。


人生とはいい習慣に気づき、それを1つずつ、無意識の深い部分まで自分のものにしていくことのように思います。


そして、どうせいつかは習慣にしたいと思っている習慣なら、1日も早くその習慣を身につけた方が、人生を逆算で考えてメリットも多くなるのです。


いい習慣がいい人生を導くというのは真理だと思います。

今日は経営者としてのスタッフ教育についてお話しいたします。


私は、歯科医師という職人であり、院長という経営者でもあります。


歯科医師のメインは診療することですから、余った時間で、経理やスタッフ教育をしていかなければなりません。

 

特にスタッフ教育というのは、自分の力でどうにかするというよりは、社員に変わってもらわないといけないので、何か他力本願的に感じている人も多く、多くの先生方には、いま一つ気持ちが入らないのではないでしょうか。

 

私自身、社員教育というのは何から手をつけていけばいいのかよくわからなくて、長年、断片的な知識を色々試行錯誤しては失敗していました。

 

そんな私が、社員教育に本腰を入れ始めたきっかけは、社員の数もどんどん増えてきて、社員の協力なしには医院の発展はありえないと心から思えたことと、小さな自分の子供の教育を考えた時に、親である自分がしっかりした教育理論を身につけて教育してあげたいと思ったことがあります。

 

人間は、誰でも本気になればすごい力を発揮します。


多くの人は能力が無いのではなく、本気になれないから、力を発揮できないのです。

 

上記のモチベーションから、私の心に火がついてしまい、本気で社員教育や、子供の教育について学び始めました。


そして、教育に関して自分なりに腑に落ちたコアのようなものが出来上がりました。


勿論、完璧ではありませんが、シンプルで誰にでも理解でき、ある程度は体系だった説明ができるまでになったと思っています。


そして、一番分かったことは、社員教育はテクニックよりもトップの気持ちの持ち方が大切だということです。


以前、ミーティングで話しながら泣いたこともあります。


泣きながら、自分は本気なんだ、と気付いた時には、何かに本気になれたことがうれしいと感じている自分もいました。


「社員の力がどうしても必要だ」「社員の力なくして医院の将来は無い」「自分の子供には正しい教育をしてあげたい」など何でもいいので強い思いがある人は、例え時間はかかっても、どんな方法であったとしても、必ず求める答えを得ることが出来るのです。


今の私にとって、社員教育ほど面白いものはないと思っています。


それは「自分の思いを伝える事で人が少しづつ成長してくれている」と感じられる喜びを知ってしまったからです。


学校や塾の先生のやりがいは、こんな感じなのかなという気持ちです。


人間は自分一人では生きていけないのですから、人と関わって生きていくしかありません。


その時、嫌々人と関わるよりも、いい関係で相手と関われればそれが喜びにもつながってきます。


人間関係がうまくいっていない職場では、上記のようなコメントがきれいごとのように聞こえるかもしれませんが、そういう関係を目指して本気になる事で、自分に火をつける事もできるのではないでしょうか?


本気で求めれば、必ず手に入りますが、この本気になることが一番難しいのかもしれません。


 

私の好きな言葉に「出来事自体には意味はない、その出来事をプラスに受けとめるかマイナスに受け止めるか2種類の人間がいるだけだ」という文章があります。


多くの人は「いい事、悪い事」の2種類が存在していると考えますが、そうではなく、受け手の考え方次第で出来事の意味が違ってくるのだということです。


出来事だけでなく言葉も同じです。


同じ言葉に対しても、悪く受け取る人とそうでない人がいますが、全ての事を悪く受け取るような人間とは話をしていても疲れます。


以前ある人に「真面目すぎるとストレスがたまるよ」とアドバイスしたら「真面目で何が悪いんだよ」と反論され、この人は全てを悪く受け取る人間なんだと気づき、差しさわりのない会話以外はなるべく避けるようになりました。


プラス思考であることが成功には不可欠だといわれますが、プラス思考であり続けられること自体が人生の最終目的であるようにさえ感じます。


出来事や他人の言動を悪く受け止める人間には、好運も逃げていきます。


それは自分が不幸を呼び寄せているのですから自業自得です。


一方、他人から不愉快な思いをさせられた場合も、一刻も早く不幸のスパイラルから脱出する考え方を身につけることが必要です。


自分の人生は他人に左右されないと決めたら、常に幸せを感じられる考え方を身につけたもの勝ちなのです。