生きていくうえで、どの人にとっても、人間関係においての悩みが一番多いのではないでしょうか?
誤解の原因として、他人の思いや考えていることを100%知ることはできません。
行動は同じでも、その行動に至る思いは大きな違いがあります。
人はされたことよりも、その時の行動を起こした相手の気持ちに腹を立てる方が多いように感じます。
していることは同じでも、思いが違う例として、
相手を傷つけようと思ってわざとその話題をする人、たまたまその話題が頭に浮かんで話し始めただけの人、話題にしてはいけないと意識しすぎて逆に口を滑らせてしまった人etc……
ダイエットするにも、健康のためにする人、モテたいからする人etc思いの違いで、触れていい場合とよくない場合もあります。
寄付をするにも、心からする人、しぶしぶする人、売名行為でする人etc……思いはそれぞれです。
お金を儲けることも、どんな手段を使っても儲けたいと考える人、世の中のお役にたった結果としてお金を儲けたい、お金は生きていけるだけあればいいetc……
何事も「何をするか」よりも、「何のためにするか」のほうが問題になってきます。
何のためにするかという思いの行き違いで、相手が立腹するケースも出てきます。
した方には悪気はなくても、受け取った方が悪く受け取れば物事はこじれます。
この場合、悪気はなくてもそういう行為をした方が悪いのか、悪気がないのに悪く受け取る方が悪いのかが、気になるのではないでしょうか?
悪気があろうとなかろうと相手を傷つけたのであれば、反省したり謝るべきなのか、悪気がなければ、物事を悪く受け止めるマイナス思考の考え方に問題があるのか、皆さんはどうお考えですか?
世の中は何事もバランスの問題で、0か100かという決断ではなく、49対51の微妙な決断がほとんどだとは思いますが、私の中では「物事を悪く受け止めるマイナス思考の考え方に問題がある」という方を意識して物事を悪く受け取らないように生きていきたいと考えています。
悪気があろうとなかろうと相手を傷つけたのであれば、反省したり謝るべきだとする考えを重視すれば、相手の受け止め方は、自分でコントロールできないのだから、行動することに過度に臆病になってしまいます。
もちろん、他人を傷つけない配慮をしながら言動していくことは最低条件でしょうが、それに気を付けていても、なお悪気がないのに悪く受け止められた時には、その言動を反省するよりも、それまでの自分の言動がそういう印象を与えたかどうかを反省する方が前向きな成長ができるように思います。
してしまった瞬間の言動を今さらグジグジ後悔するよりも、未来の為のプロセスとしてそれまでにもっと信用してもらえる言動をしてこなかったことを反省する方がさらに成長できるように思います。
そのためにも、普段の言動が信用に値してもらえるような言動でありたいと思います。