尖閣諸島の領土問題で、中国の愛国心教育が取り上げられていますが、私は愛国心教育自体はいいことなのではないかと思っています。
問題なのは、教育という名の、国の思惑を意図した洗脳になってしまっていることが問題なのではないかと感じます。
国民が自分の国を愛することは当然であり、なくてはならない気持ちのような気がします。
愛国心は、親を大切に思ったり、年長者を敬う気持ちを教育することと同じだと思います。
むしろ日本も、愛国心についてもっと考える教育をしていくべきではないのかなと思います。
戦争で、愛国心という名のもとに多くの命が犠牲にされたことで、愛国心=軍国主義のような図式で物事を考えてしまいがちですが、愛国心を持つということは、自分がその国の一員であるという義務や責任、使命感を持つということではないかと思います。
愛国心とは、国が国の都合のいいように国民を利用するためにあるのではなく、国民1人1人が幸せになるためには、いい国に改善していくために、国民1人1人が「自分には何ができるか?」という自覚を持つために必要な心がけのような気がします。
社員が幸せになっていくためには、いい会社である必要があります。
そのためには、社員1人1人が愛社精神を持って、その会社の1員である自覚と誇りを持って、社員としての義務と責任や使命感を持って仕事をしていかなければ、嫌いな会社で働いていたり、会社の事を何とも思っていない社員が幸せだということはあり得ません。
仕事をしている自分が幸せになるためには、自分の会社を愛さなくてはいけません。
同様に、日本人として日本で幸せに生きていくためには、日本を愛することは必要不可欠な事のように思います。
愛する形が、過去に戦争という不幸な形になったことは悲劇ですが、国を愛する気持ちを教育したり推奨していくことはもっと積極的に行っていいのではないかと感じます。
本来、愛国心や親孝行や敬老の気持ちなどは、持っていて当たり前の気持ちのようにも思いますが、道徳教育というもの自体、持っていて当たり前の気持ちをより深いレベルで「何のために国を愛するのか?」「何のために親を大切にするのか?」「なぜ年長者を敬うのか?」などを、折に触れて考えるきっかけを持つ場のような気がします。
日本は、もっと道徳教育を積極的に行っていくことが必要な時代になってきているように感じるのは私だけではないのではないでしょうか。