社員が増えてきて、社員をまとめていくリーダーシップについて考える機会が多くなってきました。


どうすれば社員が前向きに生き生きと働いてくれるだろう?

と考えるのがリーダーの最大の役目の様な気がします。


強制的に他人を動かすということはできないので、他人が動きたくなるような環境を作っていくことが大切だと思っています。


では、どうすれば社員が自ら生き生きと働いてくれるか?

ということを考えていかなければなりません。


自分が社員だったら、どういう環境だったら、自ら率先して頑張ろうと思えるだろうか?と考えると、尊敬できる人の下で、「この人の様になりたい!」と思えれば、自ら頑張れるのではないかと思うようになりました。


では、どういう人を尊敬できるか?


と考えた時、トップとして苦しい時も愚痴も言わずに淡々と前向きに生きていく姿を見せていくことではないかと思ってきました。


「社長と副社長の考えていくことは、副社長と1年目の社員の考えていること以上の差がある」と言われています。


それぐらいに、トップになれば多くのことを背負い込んで生きていかなければなりません。


「地位が人を育てる」と言われますが、その重荷が、トップの能力や人格を成長させてくれるのだと思います。


重荷の中には、いろんなトラブルもあるでしょう。


トラブルに直面した時に、人間なら逃げ出したい、愚痴や不平不満も言いたくなるでしょう。


しかし、どんな苦しい状況でも、淡々と前向きに生きている姿を見せることで、社員の気持ちを動かすことが出来るのではないかと思います。


「子供は親の後ろ姿を見て育つ」と言われますが、親が辛い姿を愚痴って不平不満を言っていたのでは、子供の教育にはマイナスになってきます。


どんな状況でも、淡々と前向きに生きていくことで、親の苦労がわかった時に、自分も親の様な人間になりたいから頑張ろうと思えるのではないかと考えています。


トップとして尊敬してもらうには、トラブルや大変なことが起きたらチャンスなのです。


社員が「この人大変だな~」と思う様な事を淡々と前向きに行動していく後ろ姿を見せていくことで、社員も自分も頑張ろうと思えるのではないかと思っています。


ピンチはチャンスと言われますが、大変なことが起こることは、トップにとっては尊敬してもらう大きなチャンスなのです。

 前回、総選挙の事を書きましたが、「政治家」という職業を考えると、いろいろと難しい問題に目がいきます。

「政治家」になろうという人は、国をよくしたい、次の世代の子供たちにいい形で引き継いでいきたい、といった使命感を持って政治家を目指すのだと思います(思いたいです)

 

しかし、「政治家」というのが仕事の一つである以上、彼らには彼らの生活もかかっています。

政治家としてお金をもらって生活していかなければいけないのですから、当然、選挙や選挙区での人気などが気になると思います。

ここに大きな「ぶれ」の要因があるように思います。

政治家とは当選して初めて政治家になれます。

 

人間には誰しも欲望があります。

お金や地位、名誉などを一切無視して生き続けることは至難の業です。

政治家としての立派な思い、志や素晴らしい政策を持っていても、当選しなければ実行できません。

だからといって、選挙だけが上手で、思いや志がない人が当選してもらっては困ります。

政治家なのだから、一切の「欲」を捨てて国や国民のために尽くせ!

ということは簡単ですが、そんなきれいごとだけでは生きていけません。

 

経営も同じところがあります。

お客様の方を向いて仕事をしなければ、お客様から評価されません。

しかし、お客様の満足以外にも社員もいれば、自分自身の生活もあります。

 

近江商人の「三方よし」が成り立って初めて経営はいい循環に回っていきます。

「お客様よし、社員よし、会社よし」という三方よしが満たされなければ、誰かが過度の我慢をしていたのでは、必ずそこから亀裂が生じてきます。

 

経営と政治は次元が違うのかもしれませんが、経営的に政治を考えれば、「国民よし、国よし、政治家よし」という三方よしの政策や方向性を持ってやっていけることが理想なのでしょうが、そうなるまでのいろんな苦労に耐えていくには、国民にも我慢が必要だと思います。

 

社会には、よい循環の会社や人間と悪循環の会社や人間がいます。

一朝一夕にはよい循環に変えることはできませんが、三方よしの理念を持って、1つ1つ目の前の事を解決していくうちに、「いつの間にか悪循環が良い循環に変わっていた」という日が来ることを、政治の世界でもあるといいなと思います。

 

 

事前の予測通り、自民党の圧勝で選挙が終わりました。


4年前の選挙では、現状の政治に不満があり、「自民党には変わってもらわなければ世の中は良くならない」ということで、民主党が圧勝しました。


民主党政権になって、東日本大震災が起こり、中国や韓国との外交にも問題が生じ、その対応を見ていると、「経験不足の民主党だからこんな対応になり、問題がさらに悪化してしまった」と国民は判断して「こういう有事の時には、自民党のような経験豊かな人材がいる党の方がよかった」という後悔の念で、今回は自民党が圧勝したように思います。


人は、平和な時には理想論を唱える人の方が素敵に見えますが、有事の問題がひどくなれば、過去に成功体験のある泥臭い人を望むように思えます。


ここ数年の有事への対応は、人材不足の民主党には荷が重かったような気がします。


今後の日本は、目の前の問題を解決しながらも、将来的にもビジョンを持って舵をとっていかなければいけない後のない状況のように思います。


民主党時代は「総論OK,各論×」という状況でしたが、今後は、各論は当然大切ですが、総論にも目を向けなければ、次なる大きな危機はすぐそこまで来ているのではないかと感じます。


そういう未来への目が、自民党だけでなく、日本維新の会とみんなの党の躍進にもつながったのではないかと感じます。

我が家には2人の娘がいます。

妻は母親として私は父親として、当然ですが、どちらも子供の将来のことを考えて教育しています。

しかし、お互いに相手の教育方針に「???」と思うことは少なくありません。

これは、他の家の父親と話をしていても、共通のことを感じている人が多いことに気がつきました。

一般的にいって、母親の方が子供と接する時間が多いので、子供の細かいことにまで注意をする傾向があります。

一方、父親は一日の大半は仕事をしていて、頭の大半は仕事のことを考えていますので、子供の教育も大雑把になりがちです。

細かい母親vs大雑把な父親、という図式になり、お互いの教育方針に「???」と感じることが多くなる傾向がどの家庭にもあるようです。

これは女性と男性の考え方が違うからか、それとも、男性は人生の多くのことを、仕事を通じて学んできていますが、女性は、人生の多くのことを人間関係を通じて学んできているからかの違いから、理由はよくわかりませんが、明らかに男性と女性では考え方が違うことを日々よく感じます。

一般的に、女性の多くは、今に焦点を当てて生きていますが、男性の多くは未来に焦点を当てて生きています。

男性は夢を追って脱サラしたいと思うことがありますが、女性は日々確実に、生活の為のお金を稼いでくれることを望みます。

男性にとっては夢や目標が大切ですが、女性にとっては現実が何より大切です。

母親は、「今のままのこんな状態では子供がいい子に育たない」と考えますが、父親は「長い目でみれば、こんなことはたいしたことではないからガミガミ言う方が将来的に悪い影響が出る」と、一見、反対のことを考えているように思えます。

勉強一つとっても、女性は全ての教科の改善を追求しますが、男性はこの教科は今無理して頑張らなくても、後で簡単に挽回できるから、ガミガミ言って今無理して頑張らせなくても、もっとのびのび育てた方がいいのではないかと、将来を逆算して考える傾向があります。

子供のケンかに対しても、母親は今すぐにでもケンかを止めさせようとしますが、父親はケンカなんか大きくなればいつかはしなくなるのだから、ある程度は勝手にけんかさせていればいいという、ある意味、多少、楽観視した見方をします。

「木を見て森を見ず」ということわざがあります。

今と将来を比較してどちらも大切です。

経営を考えても、今日の売り上げがきちんとなければ、あす以降の経営が成り立たなくなりますが、目先のお金だけを考えて経営をしていたのでは、将来はジリ貧で倒産してしまうので、将来を見据えた投資や考え方も必要になってきます。

木があるから森が成り立ちます。

日々の子供の間違いを正すことも大切ですし、長い目で見て多少のことは多めに見ていくことも大切だと思います。

大人に対しても子供に対しても、基本的には「自分がされて嫌なことは他人にはしない!」という視点を常にもつべきだと思っています。

女性は、自分が子供だったら「こういうふうに厳しく躾をしてほしかった」、という視点で子供に躾をしているのでしょうし、男性は、自分が子供だったら、「こんなにガミガミ言わないでもっと自主性を伸ばしてほしかった!」という視点で子供を見守っているのだと思います。

どちらかが正しくてどちらかが間違っている、という問題ではなく、どちらも正しくて、どちらも間違っている可能性があるという謙虚な姿勢で、後は子供の性格や適性を見ていきながらのバランスの問題だと思います。

父親としての私の役割りとしては、母親の姿勢を尊重しながら、偏った方向に流れないように軌道修正していくことではないかと思っています。

教育って難しいな、そして、母親の役割と父親の役割は、表裏一体なのかもしれないと感じる今日この頃です。

民主党の野田総理への民主党内の対応を見ていると、自分たちが選んだ総理なのだから、もっと協力していくべきではないかと腹立たしくなります。

総理を選ぶ途中で反対したり、敵対することは理解できます。

しかし、一旦選んだ以上は、野田総理がとんでもない決定をしているわけでなければ、その決定の中でのベターを模索していくべきではないかと思います。

どんな意見にも、いい点も悪い点もあるでしょう。

特に政治的には、ベストの決断というものの方が少ないと思います。


そもそも民主党の反対分子は、本当に国民の事を思って反対しているのだろうか?自分が目立ちたくて、自分の評価をあげようとして反対しているようにしか目に映らないのは私だけでしょうか?



中国のような共産主義では、トップに反対することはできないでしょうが、日本がいくら民主主義とは言っても、今の日本の政治の党内の非協力体制は異常だと思います。

こんな民主主義なら、共産主義の方がまとまりが出るのではと思ってしまいます。







野球などのスポーツでも一緒だと思います。

例え、この監督とはウマが合わないな、考え方が違うなーと思っても、チームに所属している以上は、その監督の元で自分のベストを尽くす義務があるのではないかと思います。


会社で考えれば、トップの考え方や方針についていけないのであれば、自分がごねてそのトップを変えようとするよりも自分が去ればいいのではないかと思います。



私の周りの女性の中には、自民党の安倍元総理に対して快く思っていない人が多いように思います。

その真意は「自分は途中で放り出しておきながら、よくも強気で他党を攻撃できるわね!」という意見みたいです。

平和主義者の女性的な視点で見れば、当然、こういう見方が多いのだろうな~と思います。

今安倍さんは女性の評価は低いだろうな~と想像できます。


でも私の中では、当時の安倍首相は頑張られていましたが、周りの人間が足を引っ張り合っていて、安部元首相に協力する姿勢が足りなかったように思います。(今の民主党程はひどくありませんが……)
今こそ、安倍さん的にも、彼の政治手腕が試されるチャンスなんだと思います。




自民党にしても、民主党にしても、野党の時には協力しあうのに、与党になると協力せずに足の引っ張り合いをするということろに、人間の欲深さがあるのではないかと思います。


「苦労はともにできても利益を分け合うのは難しい」と言っていた人がいますが、人間って本当に難しいな~と感じます。





音楽のバンドなども同じらしいですが、売れるまでは喧嘩している場合ではないので、売れるために協力し合うのに、売れてしまうといろんなことでいがみ合って、結局は解散してしまうバンドが多いみたいです。




バンドは個人間の事だから問題ありませんが、政治となると国民の生活がかかっているので、もっと一致団結して「昨日よりも今日、今日よりも明日」に希望の持てることを1つづつ実行してほしいです。


そもそも、人間は内輪もめや、いがみ合っている姿を見て共感できることは絶対にないと思います。















こんな政治をしていて日本の未来はどうなってしまうのだろうと、危惧している人がほとんどなのではないかと憂いています。