私には3歳違いの2人の娘がいます。

この2人が毎日姉妹ケンカをします。

本当に毎日なので、日々一緒にいる妻はうんざりするぐらいです。

私も仕事が休みの時には、娘のケンカのたびにとにかく呆れてしまいます。




私は仕事がら、目の前で何が起きているかよりも、それはなぜ起きているかの深層心理的な原因を考える癖があります。




この姉妹げんかを毎日見ていて、彼女たちはお互いを憎んでいるわけでも、嫌い合っているわけでもないのに、日々ケンカをしている現実を不思議な光景として捉えていました。

しかし、自分の中では、このケンカの原因を把握したので、今はあまり心配しなくなってきました。




2人のケンカの光景を見ていて、上のお姉ちゃんは、心のどこかに妹のことを見下しているところがあります。

上の子の方が3年も長く生きているのですから、当然、何でも妹よりも出来て当たり前です。

それで、妹と接する時には、同級生と接する時とは違った優越感を感じているように見受けられます。




一方、妹の方も、姉の態度がどうこうというよりも、何をしても姉の様には出来ない自分のことに、同級生と接している時には感じない劣等感を感じているように見受けれます。

妹にしても、お姉ちゃんと対等に接したくても、そうできない現実に居心地が悪いから、お姉ちゃんと一緒にいるとついつい対等に相手にしてもらえるケンカを吹っ掛ける形になってしまうのではないかと分析しています。





子供は、理性よりも本能に任せた感情で生きていますので、子供の言動を見ていると人間の本性、感情の動きに「ハッと」させられることがあります。


この姉妹げんかの様な事は、日常でも無意識に起きていることに気がつきます。


学校において、いじめはこの心理が形になって生きています。

職場においても、仕事のできない人は職場の和を乱そうとします。


極論すれば、国レベルにおいても、個人レベルにおいても、人間の優越感と劣等感が、世の中を乱していると言っても過言ではないかと思います。


人間は、優越感を感じている時は気持ちがいいので、無意識でどうにかして優越感を感じる状況を作り出そうとしますし、劣等感を感じている人も、無意識でその状況をどうにか変えようと何らかの行動に出ます。



優越感と劣等感はコインの裏表のように同じことです。


優越感を感じる人は、潜在的に劣等感をもっています。

劣等感を感じている人は、チャンスがあれば優越感を感じたいと思っています。


どちらも危険な感情なのです。



何かで優越感を感じている時、自分を戒めなければなりません。

同様に劣等感を感じているのであれば、生き方、受け止め方を変えていかなければなりません。



目の前で起きていることは、劣等感も優越感もどちらも感じることなく、ニュートラルに感じることが幸せな受け止め方なのです。

娘たちの姉妹げんかを見るたびに、自分は日々の出来事に過度の優越感や劣等感を感じていないだろうか?!ということを、反省させられる思いです。


そういう意味で、娘たちの姉妹げんかも、はしかの様なものだと思ってはいますが、一日も早くケンカしなくなって欲しいものだとは思っています。














勝間和代さんの「有名人になるということ」を読みました。




有名人になるということは、彼女に憧れを持つ人も増える一方、彼女を快く思わない人も増えるということがよく分かりました。



よく「味方半分、敵半分」と言われますが、どんな人でも、全員敵ということもなければ、全員味方ということもありません。

以前は、敵も味方の存在もわかりにくかったのが、インターネットの出現で敵や味方の存在もわかりやすくなってきたように思います。

特に敵は、匿名で相手を攻撃してきますので分かりやすいです。


実名なら言えないような、誹謗中傷を平気でネット上に載せてきます。

そういう点で、2チャンネルなどは、見れば見るだけ心が汚れるような気がします。

2チャンネルは、裁判の判決が出ても何ら変更がなく、犯罪の巣窟になっていても野放しにせざる負えない現状を「???」と思っている人は少なくないのではないでしょうか?

今では、2チャンネル以外でも誹謗中傷を載せるサイトが増えて来ていて、インタ-ネットの功罪は、将来的にどうなるのか危惧してしまいます。


インターネットには、いい点も悪い点もありますが、匿名で他人を攻撃するという点に関しては、どう考えても世の中を悪くしているように思えます。



勝間さんのような大人で、免疫がある人でさえ、匿名の誹謗中傷をスルーすることは容易ではないのに、子供の時に自分を誹謗中傷されれば心の整理をすることは難しいと思います。

勝間さんは、人間の順応力はすごいもので、この「スルー力」は自然に身についてくると言っています。



私自身歯科医師として、目立ってくれば批判される機会も増えてきました。

同業者であったり、患者さんであったり、身近な人であったり………

味方だけ増やしていくことは不可能であり、敵が増えることは決していい気分ではありません。


しかし、敵が増えたり、味方が増えたりするのは結果であって自分でコントロールはできません。

どんないいことをしていても、誤解されて逆恨みされることもあります。



敵になるか味方になるかに一喜一憂するのではなく、自分の生き方、考え方は正しいか正しくないかに焦点を合わして生きていくべきだと思っています。

敵から学ぶこともあるでしょうし、味方が増えることは生きていくうえでの生きがいにもなってきます。




学生の頃、自分は打たれ弱い人間だと思っていました。

しかし、今では「スルー力」というのは、「鈍感力」とは違って、自分の生き方を信じれる「信念力」なのではないかと思っています。

信念があれば、他人からの誹謗中傷も比較的スルーできるのだと思います。




「敵を作らないこと」に焦点を当てた生き方をしていけば、目立たず、ひっそりと生きる生き方が理想かもしれませんが、「味方を増やすこと」に焦点を当てた生き方をするのであれば、自分の事をより知ってもらうためにも、どんどん自己主張していかなければなりません。


私は仕事がら、後者の生き方をしていきたいと思っています。


そのためにも「信念力」を養っていきたいと思います。








人は誰しもコンプレックスを持っています。

しかし、そのコンプレックスが他人を不快にする人と、コンプレックスの存在を意識させない人に分かれるような気がします。


人は誰しも自分が一番かわいいです。

自分が一番になれれば気持ちいいです。


しかし、現実には自分が一番になれることは少ないものです。

一番になれない時、あの人には勝っている、あの人よりはましだ、という風に、自分より下の人を見つけてはホッとしたりして、自分の自尊心を満たそうとします。


自分が一番になれるのであれば、他人を貶める必要はありませんが、自分が普通の場合には、他人の足を引っ張って自分より下の人間を作り出そうとしてしまいます。

いじめはその最たるものです。

いじめている本人も顕在意識では気が付いていませんが、いじめは無意識に自分の自尊心を満たそうとする行為なのです。


人は大なり小なり、他人と比較しながら幸せ感や満足感を満たしています。

自分より不幸な人、大変な人を見つけることで自分の幸せ感を感じてしまいがちです。


満足とか幸せというのは絶対的なものではなく、相対的なものだと思っています。

それは、学生時代に、自分が80点をとっても、平均点が90点であれば、今回の試験は他人からは高く評価されなくなります。

自分が評価してもらうためには、周りの人が自分よりも駄目である必要があるのです。


しかし、常に他人の不幸を期待したり望んでいる人が、幸せになれるはずがありません。

コンプレックスの克服は、人間が生きていくうえで克服すべき大きなテーマの1つなのです。


人は誰しも自分を高く評価して欲しいし、自分の存在をかけがえのないものだと思ってほしいと思っています。

それは、1人だけでなくていいのです。


友人の外人が

He is one of my best friends.

と、紹介してくれたことがあり、この人はよくこの言葉を他の人にも使っていて、若い時の私には、ベストというのは日本的に言えば一人でなくていいのかな?と何度も疑問に思ったものですが、コンプレックスの解消にはこの思考が大切なような気がします。


I am one of the most happiness people.

自分が一番である必要はないのです。幸せな人は複数いていいのです。


誰かと競って、自分だけが満足や幸せであるのではなく、自分も幸せ、他人も幸せという思考がコンプレックスを解消してくれます。


I am OK. You are not OK.

は、コンプレックスを増長させますが、

I am OK. You are OK , too.

の思考をはぐくんでいくことでコンプレックスが少しずつ解消していくような気がします。


人間は自分が考えているような人間になってきます。

神様はそういう風に人を作っています。

いいことを考える人にはいいことが起こり、悪いことを考える人には悪いことが起こります。


コンプレックスで悩んでいる人は、「自分が、自分が……」という自己中心的な意識を捨てて、他人を尊重していく生き方がしていくしかないのではないかと思います。


I am OK.  You are OK , too.

冬休みに道後温泉に行きました。

そこで、「坂の上の雲ミュージアム」と「秋山兄弟生誕地」に行きました。(以前、正岡子規記念博物館には行ったことがあるので今回は行きませんでした。)


「坂の上の雲」をTVで観てから、秋山兄弟の事はとても興味がありました。


秋山兄弟、正岡子規、夏目漱石など日本に大きな影響を与えるような人が、同じ時代に愛媛県の松山市から出現していることをとても不思議に思っていました。


土佐藩の坂本竜馬、中岡慎太郎、岩崎弥太郎、山内容堂や長州藩の高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文などもそうですが、すごい人間が同じ時期の同じ場所に排出されるのは、学ぶ環境の大切さを感じさせます。


生まれつきすごい人間が、偶然その地に生まれた訳ではなく、その地の風土、文化、教育体制など、いろんな環境が立派な人間を育てていったのではないかと思います。


特に、長州藩は、吉田松陰先生の影響を受けて立派な人が次々と排出されたように思います。


学ぶ環境や交わる人間というのはとても大切だと感じます。

私も20人以上の社員を雇う人間として、若い人を育てていく立場にあります。


当クリニックから巣立つ人1人1人が、立派な人間として社会の役に立つ人間として成長してくれればこれに勝るやりがいはないと思っています。

仕事の意味と価値とは、仕事の向こうに何を見るかにあると思います。

当クリニックが存在する理由の1つが、社員の人間としての成長を手助けする環境でありたいと思っています。


社会のお役に立ち、日本の未来を背負う人間を輩出できるよう、当クリニックが長州藩や土佐藩のような存在になれればいいなと、新年早々夢は大きく掲げています。

今年もよろしくお願いいたします。

明けましておめでとうございます。


昨年1年お世話になりました。


今年も充実した1年にしていきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。