当クリニックにはスタッフが40名近くいますが、スタッフをまとめていく時に意識している点が「利他の気持ちをもって仕事をしていく」ことです。

 

人間は無意識に生きていけば、自分勝手な言動をしていく生き物だと思っています。

1人の人間が「自分ぐらい……」という気持ちで自分勝手な言動をしていっても、40名近い人数が蓄積していけば大きな問題になってきます。

仕事は相手が関わりますし、お金も発生します。

お金を支払っているお客様は、その代償として治療やサービスなどいろんなものを期待します。

お客様の期待に応えていくためには、自分の事よりも相手のことを考えて向き合わなければなりません。

人間の本能は、出来れば楽をしたいし、世の中で自分が一番大切です。

仕事でお客様にご満足いただくためには、楽はできませんし、自分よりもお客様を優先した言動をしなければなりません。

それは人間の本能に逆らった行為になります。

だから仕事はしんどいものです。しんどいからこそお客様から喜ばれればしんどさがやりがいに変わり、快感になってくるのかもしれません。

 

好きなことを仕事にしたいという考え方と、好きなことは趣味にとどめたいという考え方があります。

趣味は自己満足ですが、仕事は他者満足です。

好きなことを仕事にするのか、本気で向き合っているうちにその仕事が好きなっていくのかと聞かれると、私は後者の人の方が多いのではないかと思います。

どんなことでも本気で向き合えばやりがいを感じてきます。

 

成功したプロ野球選手の多くが、「仕事を楽しいと思ったことがない」と言われます。

突き詰めていけばどんなものにも壁が発生します。

趣味レベルの壁は楽しめますが、仕事の壁は本気で悩みます。

趣味は自己満足なので誰にも責められませんが、仕事ではお客様の期待値を越えなければ満足してもらえないですし、お叱りをいただくことにもなりかねません。

それは大きなプレッシャーではありますが、他者満足を求めるからこそ人として成長できるのだと思います。

私自身、学生時代はいい加減な人間でしたが、仕事を通じて、患者様のお叱りを通じて成長させていただいたと思っています。

仕事が人を成長させるのは、お客様と向き合う覚悟を決めるからではないかと思います。

覚悟を決めれば責任感や使命感が養われます。

 

「良薬口に苦し」「耳の痛いことを言ってくれる人を大切にしろ」と言われますが、「感謝する気持ち」「他者を思いやる気持ち」などは、覚悟を決めて厳しい仕事と向き合うことでしか身につかないのではないかと思います。

「人生で大切なことはすべて○×から学んだ」という本がよく出ていますが、生きていくうえで大切なことが仕事の中にはすべて組み込まれているように感じます。

 

「仕事と思うな、人生と思え!!」といつも朝礼で言っていますが、これは社員に言っているようで自分自身に言っているような気がします。

 

 

 

社員教育をマニュアル化しようとする人がいるが、

私の中では人の心をマニュアルで動かすことはできないと思っています。

社員教育以外でも、お客様の心をマニュアルで動かすことはできないと思います。

マニュアルというのは答えがあります。

人の心は、予測以上、想定内を越えているから動くものです。

 

教育において「褒めて育てる」「サンドイッチ方式」などをマニュアルとして使用しても、

果たして相手の心を動かすことが出来るのだろうか?と疑問に感じます。

テクニックはあくまで手段であって、どういう気持ちでするかによって結果は大きく違ってきます。

 

答えのあるものはマニュアルで覚えてもらうしかないですが、

人の心を動かすためには「想い」しかないのではないでしょうか?

 

自分を変えることでも大変なのに、相手を変えていくことはもっと大変です。

自分のことは当然一生の付き合いですが、

教育は他人のためにどこまで本気になれるかで決まるような気がします。

 

多くの歯科医院が社員教育で困っています。

自分の事だけでも大変なのに社員のことまで本気になれない、

のかもしれません。

 

他人だと思えば気持ちが入りにくければ、

「この子が自分の子供だったら……」と思えば対応も変わるかもしれません。

 

教育って突き詰めれば、「どうやって信頼関係を作っていくか」ということだから、

マニュアルでは信頼関係は作れないっていう結論のような気がします。

 

人間関係がこじれるきっかけで、「自分は正しい!」と思った瞬間にある場合が多いような気がします。

 

「自分は正しい。相手は間違っている」と思えるから気持ちも高ぶって語気も荒くなりがちです。

「自分が正しい!!」と思った瞬間に、自分が「正義」で相手が「悪」のように感じて、自分は警察官で相手を犯人のように追い詰めようとしてしまいます。(笑)

 

「泥棒にも三分の理」と言われるように、相手には相手の言い分があります。

それを自分の正義で相手を追い詰めると,相手も感情的に反撃してきます(笑)

追い詰める方も追い詰められる方もどちらも感情的になってきます。

 

正しい方は、「相手は何で間違っているのに訂正したり謝らないんだ!」とより感情にスイッチが入ってしまいます。

感情的になった時点で、相手は聞く耳を持たなくなってしまいます。

 

「自分は正しい!」と感じている時こそ、自分の感情にスイッチが入らないように気を付けなければなりません。

そのためには、「自分は正しい!」と感じた時こそ、難しいですが一呼吸おいて、相手の気持ちになって向き合うことが大切なような気がします。

 

この議論は「自分の正しさ」を証明するためのものなのか、相手に納得してもらうための議論なのかを、俯瞰した状態で再認識することが大切なのかもしれません。

 

「自分は正しい!」と思った時こそ、一呼吸おくことを習慣にできれば、言い争いは減ってくるし、相手も素直になりやすいような気がします。

 

 

 

広島カープとDeNAの試合を見ていて解説者が「このシリーズにはカープらしさがない」ということをしきりと話されていました。

私自身、今回の広島カープの敗戦を通じて色々と感じることがありました。

 

今回のカープは、ペナントのシーズンをぶっちぎりで優勝して、クライマックスシリーズは「勝って当たり前」で、負けることは「ありえない」、という雰囲気の中でのシリーズでした。

これはちょうど、オリンピックでメダルを期待されている人が期待にそえないで負けてしまう情景と似ているなぁ~と感じました。

 

プロ野球にしてもオリンピックにしても、プロ野球選手のレベルやオリンピック選手のレベルの差は紙一重だと思います。

そうなってくると、普段通りの力を出した方に勝利の女神は微笑みます。

 

マスコミにメダルが確実のような報道をされたり、会う人会う人から「頑張ってください。メダル期待しています」などのような激励を受けると、それはその選手にとっては「メダルを取って帰らないと大変なことになる」というプレッシャーから普段通りのパフォーマンスが出来なくなってしまいます。

私は毎週広島に行っていますが、広島の街の「カープ熱」は熱すぎます。(笑)

この熱さがいい方に向かうのかプレッシャーを与えてしまうのかは微妙です。

 

少し前にテニスの伊達公子さんが、日本での試合中に伊達さんがミスショットをするたびに、観客のため息が出ることで試合中に大きい声を出して問題になりました。

観客のすべての人は伊達選手を応援しています。

応援しているからこそ伊達選手がポイントを取れば拍手をするし、ミスショットをするとため息が出るのだと思います。

伊達選手だってそんなことは百も承知なのですが、試合中は大きなプレッシャーの元、ぎりぎりの精神状態の中で、ミスショットをして自分の心の中でもため息をついている時に観客全てが同じようにため息をつかれると、1つのミスショットで自分の気持ちを立て直すだけでもすごいエネルギーを要してしまいます。

だからこそ試合中に観客にため息をつかれる行動に対して、自分の感情を抑えきれなかったのだと思います。

 

今回もマツダスタジアムで、全てのファンの期待の気持ちを知っているからこそ、選手もプレッシャーに押しつぶされてしまったのだと思います。

オリンピックで国民の期待通りにメダルを取る選手は周りの期待をプレッシャーにするのではなく、前向きなエネルギーに変えるスキルがあるのだと思います。

 

人は誰でもいい結果が欲しいです。

オリンピックでいえば誰もがメダルを取りたいです。

練習では、メダルをイメージして練習することが練習のエネルギーになるのかもしれませんが、試合においてはメダルをイメージした瞬間に「ミスをしたくない」「いい演技をしたい」と気持ちがプレッシャーを与えて筋肉を委縮させてしまうのだと思います。

 

試合において大切なことは、いい「結果」を求めることではなくて、目の前の自分のできる「プロセス」に集中することだと思います。

 

今回のカープの結果は、ファン以上に選手、監督、コーチにとっても悔しかったと思います。

人は失敗を通じて成長していきます。

今回の敗戦の結果があったからこそ、来年以降の飛躍につながったと思える出来事にしてほしいです。

 

自分の価値観や先入観を変えていく第一のステップは「気づく」事だと思っています。

 

社員と面談をしていて、入社して3年以上の社員に「貴方はマンネリ化していますか?」と質問するとほとんどすべての社員が「マンネリ化していません」と答えます。

確かに、上司から「マンネリ化していますか?」と聞かれて「ハイ!今マンネリ化しています!」と答えたらクビになるかもしれませんから(笑)そんなことを答える社員はいないと思います。

 

でもここで、自分の中で「マンネリ化してる」と感じる人と「マンネリ化していない」と感じる人ではどちらが成長するのかな~?と考えることがあります。

「マンネリ化していない」と思っている方は、今の現状を変えなくてもいいですが、「マンネリ化している」と感じている人の中には、どうすれば今のマンネリ化から脱却できるかということを真剣に考える人もいるのではないでしょうか?

その方法として、職場を変えるのか、自分の仕事の内容をレベルアップさせるのか、仕事のやり方を工夫するのかなど、何らかの行動に出る人も出てきます。

まずは、自分がマンネリ化していることに気づいたら、日々同じようなことをしていないかを反省するきっかけになります。

 

ソクラテスの言葉に「無知の知」という言葉があります。

その言葉の意味は

『無知であるということを知っているという時点で、相手より優れていると考えること。また同時に真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始まるということ』です。

 

自分は「できている!」と思った時点で努力しなくなります。

自分は「いい人間だ」と思った瞬間にそれ以上良い人間になろうとは努力しなくなるような気がします。

 

自分の目指す場所によって、現状に満足するのか、足らない部分に気づくのかが違ってくるような気がします。

 

「無知の知」

「知らないこと」を恥ずかしいと思うのではなく、「知っている」と満足していることを恥ずかしいと思う生き方をしたいものです。

 

「素直」になれるかどうかも、「自分は知っている」と過信するかどうかの違いなのかもしれないと感じます。