これは老女の備忘録として書いています。
あけがた目覚めて、寝床の中で来し方をずっと考えていました。
すると、忘れていたことも、人々も、次々と脳裏に浮かんできました。
振り返ってみると、その時々に出会った人々の顔が浮かんできて、そのかかわりを通して自分がどの様に動いていたかが分かります。
いろいろな人がいました。みなユニークで、それぞれの価値観で行動していました。そして、私と袖すり合う関係ではいわゆるケミストリーが生じましたっけ。
いい場合も、悪い場合も・・・
私にはその人達を性格別分類(ビッグ ファイブ)で判断することはとてもできませんが、それでも考えて気づいたことは、その人達は他者に興味深々だったんだなぁ、ということでした。
(私に関して言えば、当時から他者にそんなに関心がなかったような気がします。)
仕事で,関わりをもって相手により深く関心を持つという場合以外にも、一般的に人は他者に多くの関心をもつものだということが納得できます。
好奇心という積極的な関心と、自分にとって安全か否か、有益が無益かの判断をするための関心、この二つに分けられるようです。
他者を自分基準で理解するためには、まず、関心をもって観察、接触、そして判断するという手順を踏むものなんでしょうね。
一般的には、すれちがう人にすら人は瞬時に観察、自分の基準に照らし合わせて判断しているようで、それは生物が危険を察知する為に獲得した生存戦略なんでしょうね。
とにかく、人は、相手を判断せずにはいられない生物です。私も判断してきましたし、判断されてきました。
「○○さんって、こういうところがあるのね」とか
「何がお好きなの?」とか言われてきましたからね。(笑)
そして、全く関係ないような人から決めつけられる言葉や
いやがらせを受けたこともありました。
その時は分からず、自分に落ち度があったんじゃないかと
真剣に悩みましたが、今なら分かります。
言ってきた相手の心の問題なのだと・・・
もう二度と会うこともない人々が瞼に浮かんでは消え、
浮かんでは消えていきました。
今、思い出の中に浮かぶあの人達は、それぞれの人生を一生懸命生きていた人達だったということです。