最後の呟き壺 -14ページ目

最後の呟き壺

あと何年生きるかわからないけれど、今を楽しんで生きるつもりです。その時々の思いを忘れないように記録しています。

これは老女の備忘録として書いています。

お盆休みの三連休、各地では大雨で被害がでています。
各地に多大な災いが降りかかりませんように・・

残念なお休みとなってしまいました。
時折、雨が吹き殴る窓ガラスからパチパチと大きな音がします。
そこから見る街路樹は久しぶりの雨に裏葉を見せながら小躍りしている様にも思えます。
あるものにとっての無慈悲が、あるものにとっては慈悲をもたらす。
結局、この世の事象は表裏一体なのかもしれませんね。
こんな風に書くと、一部では炎上する表現なのかもしれませんが、実際のところ自然の災害にはなすすべもない人間です。

最近、某地域のマンションを内見してきました。
移転を見据えていくつか廻ったのですが、心に響くものは見つかりませんでした。
まあ、今日明日に自分が急変するわけでもないので、時間をかけて見つければいいと思っています。
誰もそうでしょうが、自分の未来は予見できませんね。
いつ、病気になるか、何が起こるかなんて・・・・
それでも、今考え得るだけの準備をしておきたいと思っているからなんですね。
私は、実際、歩行に難があって、このまま悪化すれば車椅子での生活になるかも知れないと
おもっています。
もしそうなった場合には、なるべくバリアフリーの住居で、最小限のサポートの元、自立できる限界まで自分で生きていきたいと願っています。
それで、準備としてそういう物件を当たっているのです。

人が動き出すと、かならず起こるのが多少の外的摩擦、それが人的にも物的にもわき起こり
微妙な変化を自分の周りにもたらしますね。
私の場合もそう、これに賛成しない者、また賛成し後押ししてくれる者、両者とも自分の立ち位置で考えている結果です。

人間って感情の生き物、そして利己の存在です。それが悪いと言っているわけではないんですよ。ある事象には表裏一体の解釈がかならず起こるのですからね。

私は静かに自分を潜め、自分の納得した生き方を選ぶつもり。
これも利己的行動と言えば、まさにその通り。
ただし、もう十分やってきましたからね家族への奉仕は。
あとはおまけのグリコです。
ご褒美のような時間と思っています。

ここまで書いて、色々思い悩むこと多しです。
本当に、どうしたら私を解き放してくれるんでしょうかねぇ・・・
よろこびも家族がもたらしてくれますが、同時に悩みも次々に運んでくれます。
一生これで過ぎてゆくようです。