母の味、私の味  | 最後の呟き壺

最後の呟き壺

あと何年生きるかわからないけれど、今を楽しんで生きるつもりです。その時々の思いを忘れないように記録しています。

これは老女の備忘録として書いています。

いよいよ、年の瀬になってまいりました。
毎日少しずつですが、整理整頓?しています。
粗大ゴミ処理、1年間の書類のシュレッダーかけ、靴廃棄etc 数えるときりがありません。
こんな中でも、子供達との食事の約束はとりつけていて、25日は息子家族とすき焼き会食、26日は娘達と我が家で簡単ランチの予定です。どうせなら一緒にすればいいのにと思うものの、そこは皆、独立した社会人、それぞれのスケジュールの関係でなかなか時間を合わせることがが難しいのです。

普段、私一人なら簡単に済む食事ですが、この頃モーレツに昔、食べた物が恋しくなっているんです。
そこで、作りました。普通のおかずです。里芋とイカの煮物、豚汁、高野豆腐の含め煮、茶わん蒸し等、これら全部母の思い出の味でした。
その昔、私が料理すると母はたいそう喜んでくれました。
私は洋食もどきばかりを作ったので、母にとっては目新しい献立だったのかもしれません。
でも、今の私は母の手料理が懐かしいのです。お祝いの度に作ってくれたちらし寿司や
手鞠麩をわざわざ入れてくれたお澄まし、また、魚料理(イワシの山椒煮、鯖の味噌煮)の数々が・・そんなわけで、今はもっぱら昔の味をしのんで一品料理をつくっています。

時間と共に、料理も献立も変わってきますねぇ。
最近の私は、あの頃の母と同じように、柔らかい煮込み料理や、味の薄いものを好むようになってきました。一番自分で驚いたことは、甘みに敏感になったことです。
お菓子やケーキなどは、もともと甘いと分かっているので反応しませんが、料理の中に含まれている甘味が過剰に感じられて困っているところです。
多分他の若い人たちが普通に美味しく食べている親子丼とか、てんつゆに味が変わったと思ってしまうのです。(これって、自分の舌が変わったってことですのに)
最近びっくりしたのは、頂き物の有名コロッケ店のお味、中に入っている隠し味のお砂糖?の味が強く出ていて、私には無理でした。
他の人達は、変わらず美味しい,美味しいと食べているのに。

こんなところでも、自分の変化を感じています。
我が家でのランチは変わってしまった私の味覚を信じないで、レシピ通りにラザーニャをつくります。それと、娘の好きなオニオングラタンスープ。
ええ、若い人達に、魚の煮つけや粕汁は無理ですものね。
私の味の思い出は、こんな洋食もどきとして伝わっていくのでしょうか?
これでいいのでしょうかねぇ?
ちょっと、悲しい気がしています。