これは老女の備忘録として書いています。
ようやく咳が収まりつつあります。長かった・・・。
私は、余り頻繁に友達と連絡を取らないのですが、先日、中高の同級生から久しぶりに
メールがあり、そこに愚痴が延々と書き連ねてあって、また始まった!と思いました。
70年余を生きて来て、今更ながら(人はそれぞれ)と思うのですが、この友人のように
他者も自分と価値観が一緒と思い込んでいる人もいるわけで、そうなると彼女のように
傷つき安くなるんでしょうねぇ。しんどいことです。
お嫁さんにお誕生日プレゼントを贈ったけれど、ウンでもなければスンでもない(彼女の表現そのままです)と。お礼の言葉も返ってこないと怒っています。
文末に「皆それぞれ忙しいんで、しょうがないのかもね」と自分で自分を無理やり納得させていました。(苦笑)
私は不思議です。なぜ、プレゼントなんて贈るの?いえね、贈ってもいいんですよ。
日ごろから気ごころが知れていて、打ち解けて話せるような関係を築いてきているなら。
でも、彼女とお嫁さんは出足から躓いている関係です。私なら孫だけに(これも又、すぐお礼の返事も寄こさないという大きな孫たちです)贈って、その他はしないのに…と思ってしまいます。
お嫁さんがなにを今欲しているのかも分かってないはずです。どうしても贈りたければ、息子一家へ上等の食材(お肉やフルーツ、カニなど)を贈った方が喜ばれるでしょうに。
まあ、彼女は優等生で、昔から四角四面な感覚の持ち主でしたからね。
[こうあらねばならない]という生活信条が強いのでしょう。
かって、余りに窮屈な条件をお嫁さんに投げかけて、一切無視された時、私にその不満をぶつけてきたことがありました。その時、何気なく私の考えで「そんなことお嫁さんの好きなようにさせたらいいじゃない。今、彼らは自分たちの家庭のやり方を作っているところなんだから」と言ってしまったところ、烈火のごとく怒って「それじゃダメなのよ、これが○○家のやり方で、家風というものなの。それを伝えていくのが私の義務なのよ」とのたまわった時は仰天しましたね。
言わせてもらえば、○○家というののは、そんなにご大層なお家でしたっけ。
(これ心の中で呟いた本音)勿論、言いません。笑
あとは黙って、聞くだけに留めました。
天皇家ですら、戦後、平民と言われる人々の中から妃を選んで来たんですよ。
そして、時代が違います。世間には世代ごとに変わっていく日々の暮らしも当然あるでしょう。
核家族で暮らしている親世代と子世代、なんでそんなに固執しなければならない家のやり方があるんでしょうかねぇ。
もう、彼女には一切何も言いません。ただね、私がかって彼女から問われた時言ったのは
「人が育てた子ですよ。自分が育てた子供だってままならないのに、そんなに多くを期待して、こっちに従わせたいなんて僭越至極でしょ!」
これ以来、家族の愚痴はとんと止んでいたのに、また我慢できなくて爆発したのでしょう。こうして、彼女は死ぬまで、他者と自分は違うんだということが理解できずに、自分が受け入れられてないと思うたびに傷つき悩むんでしょうねぇ・・・これはもう放っておきます。お手上げです。