これは老女の備忘録として書いています。
猿之助さんの初公判のニュースを見ました。
罪を贖いながら、許されるなら、歌舞伎にかかわって(出演?)いきたいとの
陳述がありました。
以前書いたんですが、芸能にかかわる人は並みのメンタルではやっていけないんじゃないかと思っているんです。
この人の場合、やはりメンタル的に繊細で、感情の揺れ幅が大きいような人だと、あるバラエテイ番組でその姿を見て思いました。
そして、とてもプライドが高いような感じも受けました。
このまま舞台に立つのは危険ですね。
これはあくまでも私の個人的見立てですが。
今後、あの喝采の中で生きるというのは、かなり危険な気がします。
大きな拍手の後、自分一人の時間を持つとき、精神の均衡をうまく保てるのでしょうか?もし、舞台復帰するというなら、その前に出家をお勧めしたいですね。これは本当に余計なお世話な老女の独り言ですけれど、彼のように、大きな取り返しのつかない罪を背負った人は、一人で持ちこたえることはなかなかできないものです。
えらそうに聞こえたらごめんなさいですが、かって究極の場所で生きる人たちと接してきたことがあります。その時の印象から、そう思っています。
さいわい、この方は以前から仏教に傾倒していて、その知識、理解力も凡人を超えているとか、この際、出家して、静かな環境にひとまず自分を閉じ込めて、自分を深く突き詰めてみることです。
そこで、結論などでなくても、少しは心の整理もでき、これまでの生きてきた軌跡をたどり自分がどの様に形成されてきたか考えてみれば、少しは自分自身をコントロールできるようになるんじゃないでしょうか?
まあ、気質というのは、作家橘玲さんの本によると遺伝的なものにほぼ支配されているらしいです。私もその説に十分納得できます。
ですから、まず、自分がどういう人間か、よく考えてから、これからどう生きるべきかを決めほうがいいような気がするのです。
実は、最近、私も一つ気づいたことがありました。
今頃と、我ながら呆れてもいますが、こういうことがあるというのが人間なんですね。
私は自分が父親に気質も行動基準もよく似ていると思っていました。
母も生前そんなようなことを言っていました。
ところが、ここにきて自分の内側を覗いたとき、「あれ、これって母と同じ考え方じゃないだろうか!」と思い至ることが多々ありました。
いくら年をとっても、知らなかった自分、予想しなかった自分がいて、突然はっきり出てくるってことがあります。
これは、どんなに嫌で、否定してもある遺伝子に支配されている自分が見えてしまうってことです。
ただ救いはあるのです。そのことが分かれば、それに操られないために自分をコントロールできるようになれるという点です。
深く、静かに自分を見つめていけば、この自分という遺伝子に支配された猛獣をある程度飼いならすことも可能なのです。
この才能あふれた歌舞伎役者さんが、、再び自分で自分を追い詰めないように
と、祈っています。