やっぱり、無理だわ、村上春樹。 その後考え直す事あり。 | 最後の呟き壺

最後の呟き壺

あと何年生きるかわからないけれど、今を楽しんで生きるつもりです。その時々の思いを忘れないように記録しています。

これは老女の備忘録として書いています。

あと3時間の試聴残時間があります。
「ノルウェイの森」
う~ん、やっぱりプラスティックのようなすべすべの文体。
考えたんですけれど、これだからこそ村上春樹作品は世界中に翻訳されて支持されているんじゃないかしら。
翻訳文のような文体は、どこの国でも訳しやすいし、登場人物の性格がキャラクタライズされていて、世界では理解しやすのかも。
ただし、あの時代の、主人公や周りの人々のいた環境(居住地、出身及び在籍校など)を容易に想像できる私としては、登場人物の言動があの時代としては特異な感じがするんですけど・・。それと、こんな風にいってはなんですけど、あれって一種のキザな文言なんですよね、余人がちょっと引いてしまうような言動は若者特有の自分は皆とはちょっと違うんだっていう自意識と、特別な空気を醸し出そうと演出しているような・・そんな臭いにおいがしてくるんです。違っていたら、そうなのでしょうが、私には鼻持ちならない女の子なんですよ、緑さんって。まあ、それを狙っての登場人物かもしれません。
とにかく、彼らの言っていることは進んでいるってことです。
現代なら多分たいていの人がその存在を普通に理解できるんでしょうが、少なくとも、私の青春時代としては彼らは、特別な存在に思えてなりません。
それと、性的な描写が余りにも無機質っぽくて、どんな場面でもいやらしさなんて感じられません。余りにも即物的すぎて、情動に訴えてこないのですよ(劣情を催さないって言い方もできますけど)。

それと蛇足ながら、私の記憶では、性に対して、あの時代の学生は、もっと引っ込み思案だったような気がするので、主人公を取り巻く人物達が、いとも簡単に性交渉に入っていくというのが、なにか不思議な感じがしてしまいます。
それとも、私の環境が彼らのそれと大きく違っていたので、そう思うのかもしれません。
そうですね、そうかもしれません。学生運動をしていた人々は、けっこう過激な青春時代を過ごして来ているから。

それにしても、やっぱり無理でした、村上春樹。
感情移入ができないので、理解できないのです。
なぜ、こんなにもいろいろな人々が自死していくのか、それに深く絡めとられた主人公の一見やさしそうに見えて、その実、人との関わりにいつもガラスの壁を置く姿は現代人の孤立の象徴でしょうか。
こんな風に書くと、世にいうハルキストの人からは叱責を受けるかもしれませんね。いったいどこまで読んだんだって。
はい、そうかもしれません、その通りでございます。
だからと言って、今からあえて本を読もうとは、ちょっと思えないんです。

私には村上春樹は永遠にわからないのかもしれません。


追記
あれから、残りの3時間を中断するか続行するか考えて、ひとまず聴いてみました。
なんでこんなに馴染まないんだろう?と思って、はたと気づいたことは、朗読者にも、その原因があるんじゃないかっということです。
一人称「僕」で語られる主人公と、登場人物全ての独白や会話を語るこの朗読者は、若手の俳優さんなのですが、残念ながらあまり朗読の経験がないようです。
ハッキリ言ってミスキャスト。
そして、これがAudibleの危ういところなのかもしれません。
私の村上春樹・初体験はひょっとして、間違った入り口から入ってしまったかもしれません。そこで、やはり文章を読んでから、本当に村上春樹と相性が悪いのか決めたいと決意しました。
近日中に図書館へ行って、借りてきます。
そして、ゆっくり読んでみましょう。
時間はたっぷりあるんですから。
気を付けることは一つ、弱ってきた視力に負荷をかけず、少しずつ読んでみるつもりです。