これは老女の備忘録として書いています。
最近、喉に引っかかったような言葉(パパ活)
なんだろう?と思いました。これって、若い女性が、年輩の男に援助されたい為に
お金のありそうな男を探すっていうことらしいです。
ふーん、太古から、自分の肉体を使ってお金を稼いでいた女性はいたわけで、それゆえ、売春は最古の職業なんて称されるわけですね。
時代と共に、売春への罪悪感が減少していったのは本当ですね。
特に、実際そういうことを実行する女性の感覚が、近年、あっけらかんとしてきたような気がしているんですが・・ちがいますか?
昔は切実な問題を抱えた女性が、やむにやまれずおこなったというふうに思っていましたが、昨今は、学生、それも女子高生あたりが、お小遣い稼ぎとして、自分の身体をうるというじゃありませんか。
特に経済的に困った家庭でもない、所謂、普通のウチのムスメさんが
軽々と、乗り越えていく一線、いえ、もはや一線なんてないのかもしれません。
なぜって、自分の中でそういう行いが、悪いとも、恥ずかしいとも考えてない子供にとって手っ取り早い収入方法としてパパ活があるのでしょう。
法律では、とても難しい解釈がされていて、どこまでが違法行為となるのか、微妙な
判断基準があるらしいですね。私は法律違反をいっているのではなく、いうなれば時代によって変化する倫理観、住む世界によって異なる倫理観、個人によって異なる倫理観、究極には、そもそも性における倫理観とはなんぞや?について考えてみたのです。
私が高校生の頃は、学校が「男女交際」を禁じていました。そう、今なら人権侵害とも
いえるような私生活への介入のしかたですが、それが当たりまえの時代だったんですね。 良妻賢母生産の女学校など、どこもこんなものでした。
そして、親も、それがあるからその手の学校に、安心して娘を入れたんですね。
今の私なら、本当にバカみたいと思ってしまいますよ。
いびつな校則、果たしてこれが教育といえるかどうか、はなはだ疑問です。
とにかく、電車の中の週刊誌の中刷りに、ちょっと刺激的なタイトルが並ぶと、顔を伏せたり、街中に生理用品の広告があると、自分が貶められたように過剰に反応していた頃です。
どうか、世の中の男子学生がこれを見ないで欲しい(女の子に生理などというものがあることを知られたくない)と本気で思っていたほど無知でした。
そして、今やっと、あの映画の主人公が、なぜあんなにも無邪気でいられたのかという往年の疑問に自分なりの答えが見つかりました。
「テイファニーで朝食を」のホーリー・ゴライトリーは最初ミスキャストだと思っていました。だって、あのオードリーヘップバーンが売春婦役なんて、無理でしょ、と。
そんな仕事をしているのに、一切、汚れも見せず、極めて健康そうで、美しいなんて
不合理でしょ、と。原作者のトルーマン カポーテイですらミスキャストだといって認めていなかったらしいですね。
でも、今なら、あれもありです。
時代がついてきたんです。
つまり、性について、自分のなかに罪や恥の感情が希薄の場合、ああなれます。あっけらかんとして、とても明るいお嬢さんでいられるのです。
ちょっと考えてみてください。公園のベンチで小さな子供を抱っこしているきれいなママが、かってお金のためにいろいろな男性を渡り歩いていたとは・・・
絶対分かりません。それはそうでしょ、一点の曇りもなく、後悔もない過去だとしたら
明るく笑っていられます。
今読んでいる本の「ピダハン」は男女の性交にほとんど制限がないそうです。
それでも、ほぼトラブルにならないらしいですね。
そういう世界にいる人々にとって、乱交(これもすごい言い方ですけれど)は責められるべきことではないのです。
だから、何をもって、いいだ、悪いだとはいいません。そう、言えません。
ただ、あえて、ひとこと言うなら、どうかくれぐれもご注意を!
ここ日本では最近、梅毒が蔓延しつつあるようですから。