本当じゃない。でも練習しないと結末はもっと悪くなる
スポーツや武道、あるいは何かの技術を身につけようとするとき、よく聞く言葉です。努力して練習を続ければ、いつか必ず結果につながる。そんな意味で使われることが多いでしょう。
でも、APSに取り組んできた自分としては、これは少し違うように思います。練習は、いとも簡単に裏切ります。
もちろん、本当に練習そのものが悪いわけではありません。問題なのは「何を考えて練習しているのか」です。
例えば、APSのハンドガン練習で100発撃ったとします。さらに200発撃った、300発撃ったとして、それだけで上達するのであれば、たくさん撃った人ほど上手くなるはずです。
ところが、実際にはそう単純ではありません。間違った撃ち方を繰り返せば、その間違った動作が身についてしまいます。自分では一生懸命やっているつもりでも、実は「よくない動作を繰り返す練習」になっていることもあります。
それを防ぐには「考えること」が必要です。なぜ今の一発は外れたのか。何がいつもと違ったのか。狙いなのか、トリガーなのか、姿勢なのか。あるいは、そもそも自分が意識している部分とは別のところに原因があるのか。そうやって考えながら、撃って確認していきます。
そして、もう一つ厄介なことがあります。ちゃんと練習していても、本番では練習した通りに撃てないことです。特に競技では、メンタルの影響を無視できません。いつもなら普通にできていたことが、本番になると難しくなります。
そうなると、積み重ねてきたものが役に立っていないように感じることがあるでしょう。自分はそういう時期がありました。「練習は裏切らない」どころか、「練習したのになぜできないんだ」と叫びたくなりました。
でも、だからといって練習をしなくてもいいわけではありません。むしろ逆です。練習していなければ、本番でできることはもっと少なくなります。
メンタルの問題で練習通りに撃てないとしても、身につけたものがあるからこそ、崩れたときに戻れる場所があるわけです。練習は、必ずしも結果を保証してくれるものではありませんが、結果を出すための土台にはなるのです。
トビー澤田は、「練習は裏切らない」という言葉をそのまま信じるより、「考えて練習したことは、自分を裏切りにくくする」くらいに考えるのがちょうどいいと思っています。
それでもうまくいかないことはザラです。本番で緊張して、思うように撃てないこともあります。何ヶ月も取り組んだのに、自己ベストどころか普段より低い点数になることだってあります。
でも、またやる。何が足りなかったのかを考える。必要ならやり方を変える。そして、もう一度本番に挑む。
結局のところ、練習は結果を保証してくれるものではありません。それでも、練習しなければ、結果を出せる可能性はもっと低くなります。
だからこそ、ただ漫然と射撃するのではなく、自分で考えて撃つことは大切です。練習通りにできなかったときは、そのことも含めて次につなげます。
練習は裏切らない、という言葉よりこちらの姿勢のほうがずっと現実的なのではないでしょうか。