先日、思い切りやらかしました
濃くなってきた眉毛の長さを整えようと眉用電気シェーバーを使ったのですが、アタッチメントを付け忘れたまま刃を当ててしまい、気付けば左側の眉毛が半分なくなっていたのです。
「これはもう描くしかない」
人生で初めてまじめに眉描きの動画を見ることになりました。動画では、「眉頭は濃くしない」「眉尻へ向かって自然なグラデーションを作る」「輪郭をシャープにしすぎない。ブラシでぼかす」など、細かなコツが次々に紹介されます。使う道具も鉛筆のようなペンシルだけではなく、眉マスカラやパウダー、ブラシ、色選びなどさまざまで、「なるほど、こうやってやるのか」と感心することばかりでした。
しばらく見ているうちに不思議と「これなら自分にも描けそうだ」という気持ちになってきます。ところが、道具を用意して鏡の前に立ったとき、その自信は消えました。思った部分に線が引けません。力加減が分からない。左右の形もそろわない。動画で見た動きは理解しているのに、自分の手はまるで別人のようにぎこちないのです。
そのとき気付きました。知識を得ると、人は技術まで身についたような錯覚をしてしまうのだと。この感覚は、射撃でも何度も経験してきました。
たとえば、上手な選手の動画を見ると、トリガー操作のあいだも照準はほとんど動かず、動作は驚くほど滑らかです。いつ撃ったのかわかりません。教本的な動画をみると、「なるほど、そうやるのか」と理解できますし、自分も同じように撃てそうな気さえしてきます。
しかし、実際に銃を構えてみると話は別です。フロントとリヤのサイトを合わせたつもりでも揺れ動く、撃発の瞬間に照準が動いてしまう。頭では分かっているのに、指は思い通りには動いてくれません。しだいに手に力が入ってくる。
これは知識が足りないのではなく、経験が足りないのです。技術とは、頭で理解したことを、何度も繰り返すことで体の動きへ落とし込んだ結果です。動画や本が教えてくれるのは「正しいやり方」まで。そのやり方を、自分に合わせて再現できるようになるには、練習という時間が欠かせません。
だからこそ動画を見ただけ、知識を得ただけで満足するのはもったいないと思います。本当に大切なのは、その中からひとつでもいいので試してみること。そして、うまくいかなければまた試すこと。その繰り返しが、少しずつ「知っている」を「できる」へ変えていきます。
眉毛を半分失ったことで、思いがけずそんな当たり前のことを再確認しました。上達への近道は、たくさんのテクニックを知ることではありません。教わったことを一つずつ体で確かめ、自分の技術として積み重ねていくことなのだと思います。
……もちろん次からは、シェーバーのアタッチメントを確認してから眉のお手入れを始めますよ。