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地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

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 戦車模型の汚し表現が背景のジオラマに左右されるのは素人が考えても明白である。しかし肝心のジオラマが決まらない。キャタピラ周りの土汚れは後回しにして塗装剥げによる錆を先にする事にした。テキストには塗料による表現と鉛筆の芯の粉のような物を使う表現があるらしい。

 模型のスケールの問題があり、筆塗りは無理と判断したので100均で調達したパステルのこげ茶色を車体のエッジに直接擦りつけてみた。まあ何となく錆に見えるような気がする。全体のイメージも急に戦場で使い込まれた古い車体に見えなくもない。

 早くお友達のキューベルワーゲンとご一同を仕上げないと戦車も進まないなあ。

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 丁度昨年の今頃、福岡県大野城市のとんかつ大将のジャンボ豚カツ定食に玉砕したのである。奇しくも遠路遥々バイク旅行で九州に来ているマイミクさんが先日これに挑み見事完食し勝利した。私にとってはまさしく敵討ちを果たしてくれた事となる。

 彼の偉業を讃えるべく、お出迎えを提案すると同じバイクに乗る縁でオーナーズクラブのメンバーと共に長崎県平戸市生月町名物の”あごだしラーメン”を食べるラーメンツーリングと相成ったのである。

 ”あご”とは当地の方言でトビウオの事である。豚骨ラーメンが当たり前の九州で魚系の出汁を使ったラーメンは珍しい。

 R35の武雄市のコンビニで待ち合わせ、R202・R204を経由して平戸に渡り、生月大橋を渡ると直ぐにお目当てのあごだしラーメンの店に到着する。トッピングは普通だが木耳が乗っている。九州ではあまり見かけない縮れ麺。上品な味の中華ソバと言う感じである。トビウオの出しが効いてスープが美味しい。全部飲み干したいところだが塩分の取りすぎになりそうだったので我慢した。帰路に絶対飲料が大量に必要になる気がしてならない。ツーリングのランチには丁度いい感じであった。

 美味いメシに綺麗な景色。快調に回るZZR400N4のエンジン。言う事はない。ご機嫌な一日である。帰宅直前にいつもの赤い男爵に寄ってエンジンオイルの交換を行った。

本日の走行距離293km。燃費31km/L。17年前に生産されたバイクにしてはかなり優秀である。

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 JR呉駅裏にある商業施設を背に海に向くと三叉撃を持ったネプチューンと視線が合う。決して鍬を担いだ露出凶のヲヂサンではない。ギリシャ神話の海洋を統べる神である。大和ミュージアムの正面入り口の右手には瀬戸内海で停泊中に謎の爆発を起して沈没した帝国海軍の戦艦陸奥の41cm主砲の砲身とスクリューと舵が屋外展示してある。戦後に海中より引き揚げられた本物である。

 戦艦陸奥は大和が連合艦隊旗艦となる前の旗艦長門の2番艦である。当時の軍国少年達には海軍力の象徴として長門型戦艦を頭に描きながら”ジャンジャンジャガイモサツマイモー”と声高に歌っていたのである。当時、大和型戦艦の存在は最高機密扱いで、ある特定の人間だけがその存在を知るのみであった。それ故戦後に大和型戦艦の存在を知った日本人はある種の感慨に耽った事だろう。

 正面入り口から入り、入場料を支払ってゲートから入ると実物の1/10モデルの巨大な大和の模型が出迎えてくれる。模型と言えども全長26.3mである。かつて帝国海軍の呉海軍工廠で建造された当時の秘密兵器のなごりとも言える雰囲気を醸し出しているのが解る。

 大和の模型の右舷側には帝国海軍の成り立ちが解る展示物が満載であった。呉工廠で建造された数々の艦船や帝国軍人の遺品等まとも見るには丸半日はたっぷり掛かるボリュームである。その中でも戦艦金剛のエンジンボイラーの実寸模型は特筆物である。ボイラーの焚口の高さが3階建ての建物くらいの大きさがある。英国で建造された唯一の帝国海軍の戦艦らしい。

 展示物スペースでボランティアと称する人達が来館者に熱心に説明をしていた。恐らくかつて呉海軍工廠の関係者であったと思われる。彼らの表情は”確かに日本は戦争に負はした。だが呉のオレ達は世界最大の戦艦を作ったのだ。”と言うプライドに満ち溢れている。

 現在の物造り日本の礎を築いたのは連合艦隊旗艦大和をこの世に送りだした呉の男達だと言っても間違いではないだろう。

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 広島県呉市にある”てつのくじら館”の向かい側に泣く子も黙る有名な”大和ミュージアム”がある。この中には伝説的な帝国海軍連合艦隊旗艦大和の1/10模型が展示してある。1/10と言えども元の大きさが全長263mであるので展示模型の全長は26mを越す事となる。ミュージアムはこの1/10模型を中心として右舷側と左舷側で展示物の内容が若干異なる。

 大和の模型左舷側には実物の魚雷、砲弾、特殊潜航艇と帝国海軍零式艦上戦闘機62型が展示してある。この零式艦上戦闘機はかつて京都市にあった嵐山美術館に所蔵、展示されていた物である。諸事情で嵐山美術館が運営出来なくなり、大半の展示物は売却、処分されたらしい。この零式艦上戦闘機は戦時中に琵琶湖に着水した機体で戦後に回収された物である。海に着水した機体と違い、腐食の程度は軽いようであった。
 
 実は帝国海軍機の実物を見るのは初めてであった。視界の中に零式を捉えた時、胸にグッと熱いものがこみ上げてきたのは言うまでもない。この62型の零戦は武装が20mm機銃と13mm機銃である。20mm機銃はB29等の大型機を攻撃する為の炸裂弾頭を使用しているが如何せん射程距離が短いのが泣き処である。13mm機銃は重装甲化した米軍の戦闘機に対抗する為の物で大戦初期は7.7mm機銃を機首部分に搭載していた。
 
 62型では20mmと13mm機銃は主翼内に納められているが、空戦時には旋回運動で発生する主翼の捻れと遠心力で照準ズレを起すという欠点があった。それ故パイロットには高度な技術が求められたのである。それに対し、米軍機は12.7mm機銃を主翼内に6門内装し物量に物を言わせて一気に弾幕を張ったのである。悲しいかなこれが当時の日米の工業力の差である。

 この物言わぬ零式艦上戦闘機が戦後の我々に何を伝えようとしているのか。独立国家とは何か、民族とは何か、主権とは何か。上っ面だけの綺麗ごとに満ちた平和学習の教材ではない事をこの62型は教えてくれるのである。

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 機会に恵まれ、幼少の頃から伝説的に聞かされてきた広島県呉市に行くことができた。ここは旧帝国海軍に縁の深い地である。山陽道から都市高速1号から2号にのり、最終地点が呉の市街地である。JR呉駅の裏手の海岸側に目的地”鉄のくじら”がある。一般商業施設の隣にあり、本物の鉄のくじらの大きさに圧倒されてしまう。陸上を移動する物と比べると外洋を移動する艦船とではスケールがまるで異なる。

 まるでおこちゃまになった気分で駐車場より海上自衛隊広報施設”鉄のくじら館”に急ぐのであった。館内の展示物は湾岸戦争の時に使用された機雷撤去の掃海艦の紹介。まるでバイキンマンの戦闘ロボットのようなアラブ製(??)の機雷や機雷爆破用の20mm機関砲の展示がある。

 しかし、ここの目玉は当然実物の退役した潜水艦の内部見学である。実際に繰舵席に座る事もでき、そばに子供連れの見学者さえいなければ”とりかーじ!潜舵5度!急速潜航深度500!”と叫びながら沈黙の艦隊ごっこが可能であった。(くそお、こいつらさえいなければ!)次の予定があったので早々にここを後にしたが今度また是非訪れたい。

           メインタンブロー!潜望鏡深度まで浮上!

           ・・・・・・・・・・・誰か止めてくれよ。