只今、横浜に向かっています
横浜に向かいながら、2012年の夏のことを思い出しています。
これまで、いろいろ散々酷い目に会って来た人生でしたが、思い起こせばあの頃が一番辛い時期でした。
東日本大震災の発生で、あてにしていた資金調達の道が吹き飛び、"例え天変地異の大災害が起きても計画の変更はまかりならぬ"という、経済産業省と神奈川県からの委託事業をなんとかやり終えたのが4月でした。
5月に、最後まで会社に残ってくれた仲間と別れ、一人になった私は、サーフィン発電に、風前の灯火の会社再建の望みを託して、横浜駅前のビルにあるレンタルオフィスで頑張っていました。
頑張っていたと言っても、かかって来る電話のほとんどが"金返せ!"の借金取りからでした。
オマケに、最後まで会社に残ってくれた社員の最後の2ヶ月の給与は、払えるお金がなくて雇用保険から立て替えてもらったことで、厄介な問題が生じていました。
労働者を守るありがたい保険制度でしたが、バカな私は、この制度を活用することが、経営者にとっては犯罪行為に当たることを、労働基準監督署から呼び出しを受けるまで知リませんでした。
従業員に対する給与の未払いという"犯罪"を、私はオートマチックに犯してしまったのです。
まぁ、わかっていたとしても、同じことをしたでしょう。
他に方法は思いつきませんでした。
( 結局この件は、5月13日のブログにあるように、無罪放免になりました。)
労働基準監督署からいつ呼び出しを受けても出頭できるように、横浜を離れることが許されず、東日本大震災の影響がまだまだ残る中で、売れるはずもない夢を売って回る自分はマッチ売りの少女の夏バージョンの気分でした。
リスクを承知で会社を興した以上は、何が有っても自己責任。そのことは理解していたし、何回も自分に言い聞かせていたけれど、どうしてもやるせなかったのか、愚痴ぽいメールをある人に送りました。
そうしたら、その人から直ぐに返事が来ました。
詳しい話を聞くために秘書を、こちらに訪問させるとのことでした。
予想外の展開に嬉しくなった私は、オフィスを訪問してくれた秘書に、サーフィン発電に賭ける想いを一生懸命話しました。
そして、その時は愚痴るのを忘れていました。
彼とは先週、12年と半年ぶりに電話で話をしました。
すると彼は、ちゃんとその時の話を覚えていてくれていました。
感激です。
そして、今日。
12年前と同じように、サーフィン発電/Surf Stream Power Generationのプレゼンテーションをします。
Stay Hungry.
Stay Foolish.

